「いや、大丈夫だよ。今週はそれほど忙しくもなかったしね。ただ、美鈴ちゃんの顔が見れないのは寂しいよ。」

店長は明るく笑った。

「そうでしょ?そうだと思ってた。」

美鈴も笑った。

久しぶりに。

胸の鈍い痛みはしばらく取れなかったけれど。


拓海がいないということもあって、美鈴は翌週からバイトに出始めた。

仕事に集中している間は拓海のことが忘れられた。

店長と話して笑ったり、接客できることがこんなにもありがたいと思ったことはなかった。

仕事は、人のためじゃなくて自分のためにしてるのかもしれない。

ふとそう思った。

バイトの合間に、いつか店長がくれたケルト文明の本を読んだ。

ケルト人は勇気があってたくましい気質。

どんな戦場にも少数であっても果敢に挑んでいく民族だったらしい。

そして、生まれ変わりを信じていた。

だから挑む勇気が他の民族よりも強かったのかもしれない。

美鈴はそう思った。

長い夏休み、ケルトが栄えた自分のあこがれのハルシュタットに行こう。

目的も理由もない。

ただ、そこに行きたいから行く。

美鈴の決意は固かった。

薫に「私も一緒に行こうか」と言われたけど、一人で行くからと言って断った。

一人で行きたかった。

初めての海外。

自分で旅行会社と掛け合って飛行機や宿を決める。

緊張するけれど、それ以上のワクワク感があった。

ケルトの精神が、少しばかり美鈴の勇気をくれていたのかもしれない。