「俺の仕事がうまくいってないときに、酒を飲み過ぎて家で暴れちまったことがあって。その時、拓海をかばった傷が手の平に残ってた。あいつが死んだ時、その手の傷を見て、俺は猛烈に情けなくなったよ。」

わずかにお父さんの目がうるんでいるように見えた。

「6歳の拓海を残して逝くことが、どれだけつらかったろうって思うよ。こんな飲んだくれの親父に任せられないって思ってたに違いない。」

「お母さんは、拓海くんのこと大事に思ってたんですね。」

「そりゃそうさ。命だって惜しくなかったはずさ。もともと拓海を産むときから体が悪くて、それでも拓海を産みたくて産んだんだ。本当はもっと早く亡くなってもおかしくはなかったって医者は言ってたよ。拓海がいたからこれだけ長く生きれたって。」

「そんな話は、拓海くんにはされたことはなかったんですか?」

「ない。俺はあの時期、拓海のせいで死んだんだってことばっかり言ってののしってたからな。最低な父親だ。」

お父さんは灰皿にたばこをこすりつけた。

「拓海に次会ったら渡してくれないか。俺のことはどうでもいいが、お前の母親のこと知りたければここにいけって。」

そう言いながら隣の部屋から一通の封筒を持って来た。

「母親の姉からの手紙だよ。あいつの叔母にあたる。俺に話聞くより、叔母から聞く方がきっと奴も穏やかに聞けるだろう。」

そう言うお父さんの表情はとても柔らかで、拓海から聞いていたものとはほど遠かった。

「はい。必ず渡します。」

「君が来てくれてよかったよ。きっと、拓海の母親がしかけたんだろうな。」

そう言いながら、たばこを吸い、目を細めて美鈴を見た。

「ところで、君はどうしてここに来たんだい?」

美鈴は、少し考えて言った。

「拓海くんの為にできることをしたかったから。」

「そうか。」

お父さんは煙を吐きながら、嬉しそうに笑った。

「これからも頼むよ、うちの息子。」

「はい。」

美鈴は深く礼をして、玄関を後にした。