「散らかってるがよかったらどうぞ。」

と言って奥の部屋に招いてくれたのを丁寧に断って玄関先にとどまった。

「拓海は元気にやってるかね。」

お父さんは静かに尋ねた。

その表情はとても無表情で、感情を押し殺しているように見えた。

まるで拓海みたいに。

「美鈴さん、だったかな、君は拓海の彼女かい?」

「いえ、まだ友人です。」

「まだ、か。」

お父さんは初めて少し口元を緩めた。

「あいつはなかなか頑固で難しいやつだけどよろしく頼むよ。俺のことは嫌いだから大学入った後は一度も帰ってきていないんだ。」

「そうみたいですね。」

お父さんは私の顔をきょとんと見つめた。

そして、大きな声で笑った。

「君はなかなか正直ものだね。いいよ、大したもんだ。」

褒められてるのか何なのかわからないけれど、お父さんが笑ってくれたことで少し心がほぐれた。

「あいつの母親が体を壊してすぐに亡くなって。俺も酒に溺れて拓海にひどく当たったことがあってね。それ以来、俺に心を開かなくなっちまって。いくら後悔してもしょうがないんだけどね。あいつにやってやれることは、とりあえず大学に行かせることだと俺の中で思っていて、それだけはやったつもりなんだけど。」

お父さんは遠い目をして話した。

「拓海くんは、お父さんのこと嫌いって言ってたけど、本当は気になってるんだと思います。私は話しててそう感じました。」

「そうか。」

お父さんは美鈴のその言葉を、軽く流した。

「ただ、拓海くんから聞いた話でどうしても気になったことがあって。」

「何だ?」

「お母さんのこと、全くといっていいほど知らないんです。拓海くん。」

お父さんは軽くため息をついた。

「ちょっとたばこ吸ってもいいかな。すまんね。」

そう言うと、奥の部屋からたばこを持ってきて、ゆっくりと吸い始めた。

「拓海の記憶には全く残ってないだろうな、母親のことは。あいつが6歳くらいの時に逝っちまったからね。」

「お母さんはどんな方だったんですか?」

「静かで、あまりものを言わない奴だった。」

たばこの煙がすぅっと暗闇に溶けていく。