「前にも言ったけど、別に焦ることはないんじゃない?自分でやりたいこと見つかるまで。」

「で、憧れのオーストリアにとりあえず行っとけって?」

美鈴は笑いながら、月を見上げた。

酔いもあってか、足下をとられてふらりと川の方によろけた。

その時、拓海が美鈴の腕を掴んだ。

細い指からは思いがけないほどの強い力で。

今、拓海は私に触れてる。

状態を起こすと、すぐに拓海の手は離れた。

あんなに触れることを恐れていたのに。

掴まれた腕がジンジンしている。

「ありがとう。」

「いや、大丈夫?」

拓海は敢えて何事もなかったかのように言った。

月明かりにほんのり照らされた拓海の目がキラキラしている。

もっと触れたい。

「少しだけ触れてもいい?」

美鈴は思わず拓海の目を見つめて言っていた。

自分でもそんな恥ずかしいことどうして言ってしまったのかわからない。

でも言っちゃったもんは引き返せないと腹をくくる。

拓海はこくんと静かにうなずいた。

「あなたの手、いい?」

拓海も緊張しているのか、何も言わず自分の右手を美鈴の前に差し出した。

端から見たら、きっと変な光景なんだろうな。

美鈴の心臓は音が聞こえるんじゃないかと思うくらい激しく打っていた。

差し出された右手にそっと触れてみた。

ひんやりと冷たい。

長い指を自分の人差し指でなぞった。

「ごめん。」

その瞬間、拓海は右手を引っ込めてしまった。

「謝らなくていいよ。私も変なお願いしてごめんね。」

「嫌いじゃないんだ。君のこと。本当に。だけど・・・。」

「いいって。全然気にしてないから。」

美鈴はわざとおどけた顔で笑った。

本当に一瞬だったけど、拓海に触れた。

それだけで十分だった。

彼は心に深い傷を負ってるんだもの。

しょうがない。

どんなに近づきたくたって、これ以上は近づけない。

わかってて、好きになったんだもん。

二人は黙ったままゆっくりと歩いた。