美鈴は最後の一口を飲み込んだ。

そして薫の真似をして両手を合わせて言った。

「ごちそうさまっ。」

「行こっか。」

トレーを持って立ち上がったその時、薫が美鈴の後方を見つめて留まった。

「噂をすれば、だわ。」

「え?」

美鈴は、自分の後方にいるのが誰だかすぐにわかった。

胸の奥の方がギュンと鈍く痛んだ。

妙な期待と不安の入り交じった気持ちでゆっくりと振り返る。


彼、拓海が何人かの男友達とこちらに向かって歩いていた。

「笑うんだ。」

思わず、つぶやく。

拓海はすごく楽しそうに笑っていた。

本を取りに来た姿からは想像もできないほどに和やかで爽やかな笑顔で。

彼って、すごくミステリアスだわ。

美鈴は心の中でつぶやきながら、頷いた。

ふいに、拓海がこちらに顔を向けた。

またあの苦手な目だ。

美鈴が目を逸らそうとする前に、もうその目に捕らえられていた。

じっと見ている。

キツネににらまれたウサギの気持ちが今ならわかる。

美鈴もじっと拓海を見つめ返した。それ以外の方法がなかったから。

拓海は意外にも軽くこちらに会釈した。

美鈴もつられて会釈する。

前よりも少しだけ表情が柔らかくて、安堵している自分に少し驚きながら。

そして、美鈴の後にいる薫に視線が動いた。

途端、拓海の口元が少し緩んだのを美鈴は見逃さなかった。

なんだかわからないけど、すごく恥ずかしくて、情けない気持ちになる。

やっぱり男の人は皆きれいな人が好き。

私だから、あんな冷たい態度とってたんだ。

薫の隣から今すぐ逃げ出したい衝動にかられる。


拓海の隣にいた男友達はどうやら薫と知り合いだったらしく、

「よう!」

と気さくに薫の方へ近寄ってきた。

もちろん、その男友達の後からペースを落として拓海も付いてきた。