死ぬことは怖くないと悠平は言った。怖いのは私に忘れられることだ、そう言った。悩ましげな睫毛が瞬く度に雫を揺らす。泣きそうなその思いを堪え瞼に懸命に張り付けている。この時に何時も泣いてしまうのは私だ。涙を堪えきれず頬を濡らす水滴でシーツにシミを作ってしまう。そうすれば、悠平がもっと泣けなくなるのを知っているのに、止めどなく溢れ出す感情を押し殺せない。噎せ返るほどの死の匂いに、悠平は気づいていた。きっと、随分前から。体に繋いだ無数の管が彼の命を引き伸ばす。それもいつか無意味になってしまうのも知っている。そして、悠平が死にたがっていることも、知っている。
雨が降っている。明け方のことだ。ぼんやり眺めた窓の向こうはまだ暗い。月明かりが雨雲の狭間からすこしだけ姿を見せたあと朝焼けとなりその雲さえやがて消し去るだろう。人は死んだら、本当に星になるのだろうか、最近はそればかり考えている。今日は生憎星の見えない夜だった。いま、彼は何をしているのだろう。まだ夢の中なのだろうか。今日は痛みに目を覚まさなかっただろうか。掻き毟って出来た右手の傷は良くなっただろうか。気づけば朝はやってくる。朝は一番嫌いで一番好きな時間だ。今日彼の最期だろうかと不安と昨日を生き切ってくれたことへの嬉々が心の中で渦巻いている。今日が始まった。