執事服はボロボロになってしまったので、私服で僕は中心街を歩いていた。

夕方で、街はオレンジ色に染まっていてなかなか綺麗だった。

人は多く、全員急いで家を目指しているように見えた。





「キミのこと初めて見たねー」


「シエルと言います。
ソレイユ家で使用人として働いています」


「そうかい。よろしくね」




お目当ての食材――牛肉が売る肉屋で、店主のおじさんと笑顔の交換をする。




「はい。頑張っているキミにご褒美」


「え?」


「100グラム多く盛っておいたよ。
持って行きなさい」


「ありがとうございます!」





ずっしりと重たい袋を受け取り、急いでシェフさんの元に戻ることにした。













「シーくん!」


「シェフさん!」





まだソレイユ家のお屋敷が見えていないというのに、

シェフさんが中心街の名スポットである噴水の所にいた。





「わざわざありがとう。取りに来ちゃったんだ」


「そうなんですか。
お肉屋さん、100グラムおまけしてくれました」


「シーくん気に入られたんだね。
良かった良かった。

もっと多くの人と知り合いなさい」





シェフさんは僕の頭を撫でると、「先に戻るね」と行ってしまった。

僕は歩いて戻ることにした。






お屋敷は中心街から少し離れている。

近づくごとに、人通りが少なくなってきた。

太陽も沈み始めていたので、影が多くなってきた。

狭い道を歩いていると。













「……見つけた」


「え?」





人が少ないはずなのに、声がする。

振り向くと、誰かが立っていた。

逆光なため、顔がよく見えないけど、ふたりいるように見える。





「見つけたわよ」


「……え」





聞こえた声を、すぐに信じることが出来なかった。





「シエル。見つけたわ」






ビクッと体が震え上がり、思わず地面に座り込む。





嘘。

嘘嘘嘘、嘘、だよ。

嘘だと言ってよ。







「さぁ帰ろう、シエル」






確かにあの後の行方を聞いていなかった。

だけど、だけど、だけど!






「……お義父さん、お義母さん」






逆光を受け立っているふたりは。

紛れもなく、僕を養護施設から引き取り、養子にした育ての親。





僕を、今の『僕』にした相手。







「大人しくしていなさいシエル。

さもないと、どうなるかしらね?
わかっているわよね、シエル」


「抵抗したら、許さないぞ」





段々と近づいてくる、濁った瞳。

僕はこの濁った瞳が大嫌いだった。

見つめられるだけで、気が狂いそうだった。






バチッ!


「ッ!!」







スタンガンを首に当てられて。

僕は意識を失った。

















☆エルside☆





ベッドの上、大の字で寝転がって、わたしは天井を見上げていた。

次期国王らしからぬ格好だけど、わたしは体制を直すつもりなどなかった。

大胆な格好のまま、わたしは何度も溜息をつく。





月に1回、国王であるお父様について行き、

色々勉強したり、将来お世話になるであろう人たちと挨拶を交わす。

毎月のことなのだけれど、今日はいつもより会う人が多く、その分会話もたくさんした。

やはり約1年後には国王となるのだからかもしれないけど。

多く出会って疲れていたわたしは、帰って早々ベッドの上で休んでいた。




浅い眠りについていたわたしは、メールの着信音で目覚めた。

知らないアドレスからのメールで、首を傾げつつ開けると、

すぐに寮の地下にある部屋へ来い、という内容で。

わたしは胸騒ぎがして、急いで部屋に向かった。




地下があることは知っていた。

だけど、誰も使わないため立ち入り禁止となっていたはずだ。

わたしは急いで寮の地下へ向かった。




そこにいたのは、ボロボロになったシエル。

見知らぬ黒い服を着た集団や、新人メイドのソンジュさん、新人執事のベレイくんがいた。

何をしたのと問い詰めたわたしに、ベレイくんが見せてきた映像。




音は録音されず、映像だけの画面。

写っていたのは、ベレイさんの首を絞めるシエルの姿。




シエルは普段笑わない。

いつも何かに耐えるように、苦しそうな表情を浮かべている。

だけど、映像に映るシエルは笑っていた。

氷のように、冷たい笑みを浮かべて、シエルは笑っていた。




いや……あれは氷以上だった。

きっとあのまま見つめられ続けたら、凍死してしまいそうなほど冷たい笑みと目だった。

わたしは、初めて知るシエルの表情に恐怖感を抱いた。












シエルは、ソンジュさんとベレイくんに呼ばれ、地下室に来た所殴られたりしたと言っていた。

ソンジュさんは、シエルに話があると言われ、いきなり首を絞められたと言っていた。




どっちを信じれば良い?

シエルの方が長く一緒にいるけど、だからソンジュさんを疑うわけではない。



疲れていたのに、あの映像がとどめとなったわたしは、

考えるのさえも疲れてしまった。

ひとまずシエルがソンジュさんの首を絞めたのは紛れもない事実だから、部屋にいるよう言った。

ずっと部屋にいること、なんて監禁みたいだけど、わたしにはその決断しか出来なかった。

怖かったから……あのシエルの氷のような表情が。




わたしはシエルを何も知らない。

シエルから言ってくれたことは数少ない。

全部全部、ドクやドクの知り合いや、アンスからの人から聞いた情報に過ぎない。




心を閉ざしてしまっているのはわかる。

心を閉ざさざるを得ない状態で過ごしてきたから。

シエルがあんな自虐的で、自分を否定するようなことを言うのも、ずっと否定され続けてきたから。

自分のことを話すのは勇気がいると思う。




だけど、わたしは話してほしかった。

全部人からじゃなく、シエル本人の口から聞きたかった。

首を絞めた理由も、あんな冷たい表情を浮かべた理由も。



でもシエルは何も言わなかった。

首を絞めた理由も、一切言わなかった。

それがわたしは、どうしようもなく寂しかった。





「……相手のこと全部知りたいって思うのは、我が儘なのかな」




わたしは何度目になるかわからない、大きな溜息をついた。




シエル、好きだよ。

シエルが何度『好き』を拒否しても。












「お嬢様、いらっしゃいますか」



ノックの後聞こえてくるメイドの声。

わたしは寝転がったまま「良いわよー」と声をかけた。




「失礼致します。
…って、お嬢様何ですかその格好は」


「何の用?」


「夜ご飯をお持ち致しました」


「その辺に置いてくれる?」




寝転がり天井を見つめたまま言うと、メイドは小さく溜息をつき、「承知致しました」と返事をしてくれた。

出来るメイドは助かる。




「そういえばお嬢様、シエルさんは?」


「……シエルなら部屋でしょ」


「いえ、いらっしゃらないのです」


「何ですって!?」





わたしは飛び起き、メイドの前に立つ。

メイドとわたしは同じぐらいの背丈なので、メイドはドアップであろうわたしの顔に驚いていた。












「シエルが部屋にいない!?」


「先ほど夕食を別のメイドがお届けした所、ノックしても反応がなくて…。
鍵がかかっていたので、管理人さんにお願いして開けてもらったら、どこにもいなかったのです。

今手が空いている者で探していますが…」


「ご飯はあと!
わたしもシエルを探すわ!」


「あっお嬢様!?」




わたしは廊下に出て、寮へ行く。




「おじさん!」


「お嬢様!」


「シエルがいなくなったってどういうこと!?」


「先ほど夕方、シェフがシエルくんに夜ご飯の足りない材料の買い出しを頼んだのです。

手が開いている者がいなかったため、シエルくんは最初渋っていたのですが、買いに行ってくれたのです。

そうしたら、シエルくん一向に帰ってこなくて…」




渋っていたシエル。

きっとそれは、わたしに出るなと言われたから。

わたしは「何かあったら連絡ちょうだい」と言い、本家に戻った。




「シェフいるかしら?」


「あっお嬢様!」




厨房を覗き言うと、シェフが出てきてくれる。




「シーくん見つかりましたか!」


「シーくん?」


「シエルくんのあだ名です」


「見つかっていないわ。
最後にシエルを見たのはシェフよね?」


「はい。
夕食の材料が足りないことがわかったのですが、買いに行ける手が空いた者がいなくて、シーくんに頼んだのです。

シーくんは無事に買ってきてくれて、
品物をわたくしが預かり、シーくんは後からついて来ていたのですが…。

途中で見失ってしまって、
わたくしも急いでいましたので厨房に戻り調理を再開したら、
シーくんがいないと聞いて…。

申し訳ありませんお嬢様。
シーくんがいなくなったのはわたくしの責任です」


「あなたの責任じゃないわ。

見つかったら連絡するから、
あなたも見つけたら連絡してちょうだい」




わたしは厨房を出て、スマートフォンを取り出す。

シエルの番号を呼び出し電話をかけるも、応答がない。

発信音はするものの、一向に出ない。



シエルと電話したことないけど、

わたしからの番号には絶対出てくれるはずなのに…。

わたしはスマートフォンをポケットに仕舞い、ドクの部屋に向かった。











しかしドクは部屋にはいなくて、電話をかける。

でもドクも出ない。

留守番電話サービスに繋がったので、折り返し電話をするよう吹き込み、わたしは一旦自分の部屋に戻った。

今度、シエルのスマートフォンに留守番電話サービスに繋がるよう設定しようと決めて。




部屋に戻ったわたしは、アンスに電話をかけた。

アンスはすぐに出てくれた。




『は?シエルがいなくなった?』


「そうなの…。
どうしようアンス、行方知ってる?」


『知らねぇよ…。
てか、今日シエルひとりにしておくとマズいぞ?』


「どうして?」


『今日学校に、何でか知らねぇけど、
シエルが村出身だってことが書かれたA4サイズの用紙が教室にあったぽくて、
クラスメイト全員がシエルのこと知ったんだよ。

シエル、それで教室飛び出して、見つけたら
何でも良いから切るものが欲しいとか言っていて…。

ひとまず落ち着かせて早退させたんだけど…』


「切るものって?」


『カッターとかナイフとか斧とか鋸とか。
自分の手首切るつもりだったんだろうな』


「そ…そんなことあったの!?」




そうだ。

今日わたしは帰ってから寝ちゃって、シエルと朝しか話していない。

朝もわたしは出掛ける準備でバタバタしていたから、簡単な挨拶ぐらい。





『今シエルをひとりにするのはマズい。
早く探さねぇと。

俺も出来る限り探してみるから、エルちゃんも出来る限り調べてみて。

というか、シエルが行きそうな場所知らねぇの?』


「シエルが行きそうな場所…。

ノール村出身だけど、
絶対良い思い出がないから行くことなんてないだろうし…」


『そういや、シエルの両親って、今どうしているんだ?』


「シエルの両親は、警察に連れて行かれたはずよ。

ずっとシエルを虐待してきたから、
罪はだいぶ重いからこんな早く出られないと思う…」


『脱獄、とかねぇよな?』


「え?」


『この間テレビで実際の脱獄した犯人の再現ドラマやっていたから。
ふと思って』


「…あり得ない、と言いきれないわね」


『どう言うことだ?』


「シエルはずっと、あの両親の元で過ごしてきた。

警察にバレたなんて聞いたことないから、
シエルへの虐待を隠し続けてきたってことよね?

きっと頭良いはずだから、脱獄も可能だったり…」


『ちょっとエルちゃん調べられねぇ?』


「わかった。一旦切るわね」





わたしは電話を切り、電話帳の中からひとりの刑事の番号を見つけ、かけた。

今後シエルに何かあった時のために、と電話番号を交換しておいたのだ。

開口一番、わたしはシエルの両親の行方を聞いた。




『すみません、お伝えするのを忘れていました。

実は数日前、セレーネ夫妻は揃って脱獄しているのです。
見張っていた警官の持っていた警棒を奪っての逃走だったので、今指名手配中なのです』


「そんなっ…!

実はセレーネ夫妻の養子であるシエルが今行方不明なの!
電話も繋がらないから…。

早くセレーネ夫妻を見つけて!
シエルの身が危険だわ!!」




電話を終え、わたしはスマートフォンを両手で握りしめた。




学校で冷たい目をされて。

家に帰ったらボロボロになっていて。

わたしが少しでもシエルの話を聞いていたら…!




わたしは涙を飲み、アンスに再び電話をかけた。












『どうだエルちゃん!』


「シエルの両親、この間脱獄したんですって…。
今指名手配中で警察も調べてくれているけど…!

シエルがもし、セレーネ夫妻に見つかって、また暴力に合っていたら…!」




堪えたはずの涙がこぼれる。




「わたしがっ、シエルの話を聞いていたら、こんなことにならなかったのに!

シエルに言うべきは、部屋にいなさいじゃなくて、わたしの傍で大人しくしていなさいって言うべきだった!

シエルをひとりにさせないって、決めたのはわたしだったのに!!」


『エルちゃん!そんなに自分責めるな。
責めている暇があったら、もっと他にやるべきことあるだろ!?』




わたしは顔を上げた。

そうだ…わたしにはやるべきことがある。

シエルを救うのは、このわたし。




「向かうのはノール村のはず。
急いで行かなくちゃ…!」


『エルちゃん俺も行く』


「アンス!?」


『親友を救うのが、親友の役目だろ?』




わたしはアンスの言葉に頷いた。




「ドクに電話して、行けるようだったらもう1度かけるわ。
ドクは道を知っているから大丈夫よ」


『わかった。
ドクさんが無理そうなら、俺の家の運転手を貸す』


「ありがとう。じゃあすぐかけ直す」




電話を切ると、ノックもなしに扉が開いた。




「お嬢様!」


「ドク!
今すぐノール村に車を飛ばしてちょうだい!

途中でアンスも拾って行くわよ」


「事情は全て聞いております。
すぐに行きましょう」





わたしは厚手の上着を2枚取ると、急いで厨房に行き、あつあつのお茶を淹れてもらった。

あの日…初めてノール村に行った時も、こうして厚手の上着とお茶を用意した。

わたしは急いで、駐車場へと向かった。





「エルちゃん!
ドクさん、俺もよろしくお願いします」


「お乗りくださいアンス様」




アンスと途中で合流し、わたしたちはノール村に向かった。

シエル…お願いだから無事でいて!