「わかった。………息吹がそう言うなら行ってみる」


俺が言うと、斗和があからさまに顔を歪める。


「うわー、また始まったよ、息吹教の信者発言」
「だれが信者だ」

「だってミキちゃんって息吹の言うことならほんと二つ返事じゃん、キモッ」
「悪いかよ。そのへんは息吹の人徳だっての」

「………マジきめぇーし、そーゆーの。もうおまえホントに息吹と付き合っちゃえよ。女子の中には他の女に息吹取られるくらいなら、いっそ俺か美樹とくっついた方がまだマシとかほざいてるコたちいるみたいだしー」
「やめろ吐くわそんな話。気色悪ぃこと聞かせんなバカっ」


俺と斗和が軽口の応酬をしていると、急に息吹が漫画を手から取り落として、気怠そうに指で目頭を押さえこんだ。目を閉じたその顔がひどく青ざめている。


「おい。息吹、大丈夫か?具合悪い?」
「平気。…………それより美樹、おまえ就職するって本気なのか………?」


ひそめた声で息吹に囁かれ、思わず顔が引き攣った。なんでそんなことを知っているかなんて、今の息吹の様子を見れば一目瞭然だった。


「おまえな、今『見た』のかよ」
「違う。美樹のこと勝手に『見た』んじゃなくて、『見えちゃった』んだよ。都合よく『見たいもの』と『見たくないもの』を選べるわけじゃないし」
「勘弁してくれよ」


俺の言葉に息吹は煩わしそうに顔を歪め、吐き捨てた。


「-------俺だって見たくて見てるわけじゃない」


そう、息吹はたぶん悪くない。

でも俺も、今息吹にいちばん触れられたくない話題を前置きもなく出されて、平気な顔していられるほど人間出来てなくて。


「だったら見えようがなんだろうが、わざわざ話に出したりすんなよ。知らん顔でスルーしてりゃいいだろ」


ばつが悪くてつい喧嘩腰みたいな言い方をすれば、息吹は顔を強張らせて顔を背ける。


勝手に頭の中を覗かれるのはたまらなく恥ずかしくて不快なことだけど、俺は息吹が自分じゃコントロールしきれない不安定な力を持て余していることを知っている。

息吹はきっと悪くない。だから何か言わなきゃいけないと思うのに、でもやっぱこういうとき俺の口からは言葉が何も出てきてくれなくなる。