「あのさ。美樹も斗和も、俺漫画に集中出来ないんだけど?もうさ、こんなところでグズグズしてないで直接本人の中村さんに聞いてみればいいだろ」
「…………さすがに今日あいつのクラス行くのは、周りの視線痛ぇし」

「あはは、ミキちゃんでもそんなん気にすることあんだ?付き合ってたころは全然平気な顔して、帰り、紗綾ちゃんの教室まで迎えに行ってたりしてたのにー」
「うっせぇわ」

「じゃ、やっさしー斗和様がラインでさくっと聞いてあげよっか?フッた後なのにデートに誘うってことはミキと復縁希望って意味なの?ってさ。……ああ!!でも俺、紗綾ちゃんのID知らないしっ!!」


芝居がかった仕草で頭を抱えた後、斗和は顔を上げて息吹を見るなりにやっと笑う。


「じゃ、こんなときにはやっぱ息吹しかいないっしょっ。神様仏様息吹様ぁー、おまえの力でなんかわかんない?」

気安い調子でそんなことを言い出すから、俺は思わず斗和の頭をぶっ叩いていた。

「馬鹿っ。おまえな、息吹を安い要件で使おうとすんじゃねぇよ」
「いってーし、ひでーなミキちゃん、叩くことないだろっ」


俺と斗和がいざこざを始めると、息吹はやたらと耳馴染のいいきれいな声で「だからうるさいよ」と文句を言った後、急にじっと俺を見つめて静かに口を開いた。


「予知じゃなくて予感。ただの個人的な意見だけど、美樹は土曜、行った方がいいよ。………何があったとしても」


囁くような声に反して、息吹の声にはどこか重い響きがあった。また何か見なくていいものを『見て』しまったのかと、心配になって息吹を見る。

オニキスみたいな息吹の黒い目は、窓辺からの日差しを浴びてつやつやと瑞々しく潤んでいるようにも、一片の光も届かない深い闇のようにも見える。この複雑で引き込まれそうになる神秘的な黒目には、時折俺たちには見えないものが見えることがあった。


「えっ。『何があっても』って、息吹またなんか『見えた』の?」


斗和が軽く聞くと、息吹は誤魔化すように笑ってまた漫画を広げる。神様は何不自由なく生まれた息吹に人とは違う特別な力まで与えたけれど、息吹本人はあまりお気に召していないのだ。

その力の所為で、前にひどく嫌な思いをさせられたことがあるから、それも無理もないことなのかもしれない。