「仁科さん!?どいてください、私あのお客様捕まえてきますっ……」

「千川、いいから」



あの人が帰るのならそれでいい、ということなのだろう。

けど物まで投げつけられて大人しく帰らせるなんて、と憤りを隠せない私に、仁科さんは冷静なまま。



「けどっ……」



ところが、そう仁科さんの顔を見た瞬間、彼の額からはダラッと赤い血が垂れた。



「って、仁科さん!血!血ー!!」

「気にするな、かすり傷だ」

「気になりますし、切れてますから!」



きっと本の角がぶつかってしまったのだろう。

ここまで血が出ているとは思っていないのか、かすり傷で済まそうとする彼に私は慌ててハンカチを取り出すとその額に押し当てた。



「千川、ハンカチが汚れるからいい」

「けどこのままじゃ、垂れてシャツやスーツ汚しちゃいますから!」



いつもならきっと、『いい』と言われたら手を離してしまうだろう。

けれど今は譲れず、彼の額を抑えたままの私に仁科さんはそれ以上止めることを諦めた。