「……けどあのお客様、挙式を来月に控えてるんです」
「え?」
頬を引っ張るその手をほどくように両手を添えると、彼の手のごつごつとした感触を感じた。
「人生で一番幸せな瞬間を目の前に怪我なんてしたら、悲しすぎます。だから、それだけは避けさせてあげたくて……その、」
嫌な想像よりも、あの瞬間はただ賭けるしかないと思ったんだ。
自分に出来る、精一杯の行動に。
その思いを言葉にする私に、仁科さんは少し驚いたように目を丸くした。
けれどすぐいつも通りの厳しい表情に戻ると、私の頬をぐにぐにとつねる。
「……だからって、自分が怪我をしていては意味がないって言っているんだけどな」
「は、はひっ、ふひはへん!」
怒られつねられ、半泣きでマヌケな声をあげた私に仁科さんはようやく手を離した。