「仁科さん。おはようございます」
俺を見ると、にこりと笑みを見せる。茶色いショートカットの、背が高く華奢な体をした彼女。
スタッフのひとりである千川に、一瞬声を詰まらせるが、気を取り直しすぐ挨拶を返す。
「……あぁ、おはよう」
「あ、翠くーん、支度終わったらこっちで仕事手伝って!」
「あっ、はーい」
それ以上の会話を遮るように、廊下から聞こえるのは倉庫の方にいるらしい松の声。
千川はそれに応えると、ロッカーを閉じ、急ぎ足で部屋をあとにした。
最近彼女は、前以上に笑顔が増えた。
笑うたび、以前はどこか隠しがちだったかわいらしさが見えるようになり、誰が見ても女性らしさを感じられると思う。
薄いオレンジ色のリップも、よく似合っている。
それらの変化は、望んでいたこと。
『だから、もう大丈夫です』
1週間前に聞いたあの日の言葉も、いつか聞けたらいいと思っていたもの。
けれど、あのほんの一瞬に彼女が見せた、泣きそうな笑顔が記憶から消せずにいる。
思い出すたび痛む胸に、本当に望んでいた言葉はそれじゃなかったことに気付いた。