この人は、仁科さんのことを沢山知っている。
当たり前だと分かっていても、何度も何度も心には棘が刺さる。
『杉本さんのことは』
『仁科くんのせいじゃない』
若菜さんの言葉
仁科さんの短い返事
さっきのふたりの空気
それらは全て、私が知らない彼のこと。
知らない、触れられない、こと。
そう思うとまた、いっそう胸は痛みを増す。
知らないままでいるなんて、そんなの嫌だ。
彼が私を知ってくれているように、私だって彼を知りたい。
見えないその心に、触れたい。
それらの衝動に、口はひらく。
「……杉本さんって、誰ですか?」
「え……?」
私がその名前を口にしたことに、若菜さんは大きく驚くように目を丸くしてみせた。
「あ……えと、ごめんなさい、さっきの会話……聞こえてしまって」
突然なにを聞こうとしているのかとか、冷やかしで探りを入れようとしているとか、思われてしまわないだろうか。
そんな私に、若菜さんはなにかを考えるように少し黙る。