「中野さんがそう言うなら、そうなんだろうね。僕は全然かまわないよ」



私は先輩のその言葉を聞いて、荒れた心が凪ぐのを感じた。


彼の少し猫背な後ろ姿はいつだって、すべてのものを包み込むような寛大さをもって、私の目に映る。


先輩のそんな人柄を、私は尊敬していた。


彼の油絵は力強いけれど、乱暴に相手に訴えかけるようなものではなくて、やさしく、それでいて丁寧に印象強く訴えてくるものだ。


いつもおおらかで冷静な先輩らしい絵が、私は好きだ。


今年の夏休み前に、先輩は部を引退する。彼がいなくなるのは寂しいなと思った。



それから数分後、美術室のドアが静かに開けられた。


すぐに絵を描く気になれなかった私は、そのまま椅子に座って颯を待っていたから、その小さな物音にすぐに気がついた。


颯はそろりと顔だけのぞかせて、こちらの様子を伺っていた。



「………どうしたの」



意外な彼の登場の仕方に眉を寄せていると、颯は私に気づいて遠慮がちに「入っていい?」と訊いてきた。