「あ、中野さん。こんにちは」
「……こんにちは。古田先輩」
眼鏡の奥の目を優しく細めて微笑む男子生徒。
古田先輩は、イーゼルに立てかけた油絵を立った状態で塗っている。
相変わらず、美術室には私と先輩しかいない。
静かで穏やかな空間に、ほっと息をついた。私には、ここが合っている。
疲れた顔をして、先輩の後ろの席についた私を見て、先輩は心配そうな顔をした。
「……大丈夫?」
「え、あ、だ、大丈夫です。気にしないでください」
先輩は私を気遣うような表情を見せたあと、「そっか」と言ってまた作業に戻った。
そこで橋倉くんのことを思い出して、私は再び口を開いた。
「あの、先輩」
「ん?」
先輩は手を動かしながら返事をした。
「このあと、私の同級生の男子がここに来ることになってるんですけど、大丈夫ですか?……あ、ちょっと元気が良すぎるところはあるかもしれませんけど、決して作業の邪魔をするような奴ではないので……」
今更ではあるけれど、一応確認しておく。先輩はやっぱりこちらを振り返らず、「うん」と穏やかな声色で答えた。