だけどちょうどそのとき、近くから颯の声がした。
「あ、理央!」
彼が口にした名前に、思わず耳を疑った。
驚いて振り返ると、颯がこちらを見ていた。彼の周りには当然、彼の友達が何人もいて、みんな不思議そうに私をじろじろ見ている。
突然向けられた無遠慮な視線に何も言えなくなった私にかまうことなく、颯はにこにこ笑っていった。
「今日も、美術室行っていい?」
颯の言葉に目を見開く。周りの男子たちも同様だ。颯に美術室なんて、絶対つながらないワードだから、当然だ。
放課後になったばかりの教室前の廊下は騒がしく、多くの生徒が行き交っている。
そんなところでこんなことを、しかも颯に言われて、私は焦った。声が出なかった。
美術室に来たいなら、勝手に来ればいい。私に尋ねないでほしい。
断る理由なんかない。
だけど「いいよ」と言うための勇気は、きっと颯が考えるよりずっと、大きな力を必要とするのだから。