だけど橋倉くんは、口ごもる私を見て、眉を下げて笑った。
「………呼んでよ。お願い」
その声が、目が、表情が。私に訴えてくる。
どうか、息を吸ってと。
彼の名前を呼ぶための、息を。
「………颯」
名前を声に出した瞬間、私の中に何かが込み上げた。
どうしてか泣きたくなって、自分に混乱しながら、涙をこらえた。
彼は私の声を聞くと、嬉しそうにはにかんだ。
「………うん。ありがと、理央」
どうしてそんな顔をするの。
泣きそうな、顔をするの。
そう思って、自分も今泣きそうになっているじゃないかと気づいた。
名前を呼んだ、だけなのに。
こんなにも切なく感じる、理由がわからない。
そのとき、五月の夜の冷たい風が吹いて、私の肌をふっと撫でた。
寒さに、ぶるりと身体が震える。見かねた颯が、学ランを脱いで差し出してくれた。