「………………」


私は何も言えなくなった。


彼の瞳から目が離せなくて、心臓までつかまれてしまったかのように、呼吸さえ忘れてしまった。



「………って、呼んでもいい?」



そんな私を見て、橋倉くんがヘラリと笑う。


気の抜けた、だけどどこか切ない笑顔で。



「………いい、けど」

「俺のことも、颯って呼んでよ」

「……………」


彼はみんなから、下の名前で呼ばれている。


まるで、合言葉のように。


『颯』と口にすれば、みんなが笑顔になる。

彼を中心に回るこの世界を、愛してしまいたくなる。



だから私は躊躇った。

呼んでしまえば私は、彼がまんなかにいるこの世界の、ちっぽけな存在になる気がした。

それを、実感させられる気がした。