『あのね、颯。昨日の夜ね、お母さんが…………』
それから、少年と少女は楽しそうに会話を始めた。
少女はときおりあの赤いスケッチブックに絵を描いて、少年に見せる。
やさしくて可愛らしい、幼い恋がある風景。
私はそれを、目を細めて見つめていた。
やがて日は暮れていき、子供は家に帰る時間になる。
寂しそうな顔をして、少女は帰っていった。
途端に静かになる病室。
少年はまた笑顔を無くした。
少女が置いていったスケッチブックを見つめながら、彼は目を伏せた。
そしてわずかにうつむいて、ひっそりと涙を流す。
……この世界の、誰にも知られずに。
幼い颯は、ひとりで泣いていた。
私はその様子を、唇を噛んで見つめ続けた。
目をそらしてはいけない。
彼の小さな寂しい世界から、私が目をそらしてはいけない。