ひゅう、と冷たい風が吹いた。
目を開けると、そこは白い病室だった。
すぐそばには白いベッドがあって、黒髪の少年が静かに眠っていた。
「……………」
颯。
呼ぼうと、声を出そうとした。
だけど出ない。出しているつもりなのに、音が出ない。
もどかしくてたまらなくて、せめて彼に触れようとしたとき、横からまたあの声がした。
「きみの記憶をもらって、願い事を叶えてから、ずっと眠ってるよ」
いつのまにいたのか、夏の妖精は相変わらず中学一年生の颯の姿をして、私の横に立っていた。
………眠っている。
二ヶ月の間、ずっと?
「まるで、現実から逃げるように。夢から覚めたくないというように、きみの記憶が戻ってからも、彼は目を開けない」
妖精の言葉に、驚く。
颯の寝顔はどこまでも穏やかで、よく私の横で眠っていたときの顔と変わらなくて。
青白いくらいに白い肌が、陶器のように綺麗だった。
「日々の中にきみがいない現実を、彼は受け入れられないんだ」
「………………」
個室の病室の窓からは、美しい山々が見えた。
清涼な空気。窓辺に置かれた花瓶は、きっと長らく何も生けられていない。