「ダメだった」
いい絵が描けそうで集中していたなら、今頃私は飛び上がって喜んでいただろう。
私はたぶん一時間ほど、塗り方について悩んでいたのだと思う。
ああでもないこうでもないと、試行錯誤していた。………相変わらず結論は出なかったけれど。
美術室の鍵を閉めるため校舎へ戻る途中、颯が私を見てぽつりと言った。
「そんなに悩むくらいなら、いっそ理央の好きなように描けばいいのに」
彼を見ると、目が合った。不思議そうな顔をしていた。
「理央なら、好きに描いても充分上手いだろ」
それはきっと、お世辞で言っているのではないのだろうと思った。
買いかぶりすぎだとも思ったけれど、そう言っても彼は否定してくれるだろう。
私は笑って、「ううん」と言った。
「それじゃダメなんだよ。人に見られることを意識した作品と、そうじゃない作品は、やっぱり出来が違う」
例えば私が、颯を描くとき。
颯以外の他人に見せるのは恥ずかしいし、完全に自己満足だ。文字通り好き勝手描いている。
私が描きたいと思った景色を勢いで描くんだから、構成とか構図とか、そんなものまるで無視だ。
颯を描くときは、それでいいと私も思う。
だけど人に評価されることを前提にしたとき、話は別だ。