『魔法陣使いの極意は事前の準備にある』

大学の講義で先生がいつも言っていた言葉だ。
先生は特に[封系魔法陣]に関しては、発動条件を満たす為の下準備が必要だと教えてくれた。

『いいかね。これを発動させる為には、
予めタ-ゲットの体のどこかに[種]となる魔法陣を3発与えておかなければならない』

まるで、その講義の時と同じように静かな口調で話しを始めた先生を、ディノタウルスは憎々しげに睨みながら動かぬ体に必至で力を込めている。
封系魔法陣が発動した以上、いくら怪力のモンスタ-でも指一本動かせないだろう。

『さぞかし疑問だろうね…。
吾輩が、いつ、君に、種を、3度も、当てたのか……と。』

先生はそう言って目を細めて笑う。
何度も言うが、そのSっ気丸出しの表情は私の大好物だ。

『お~い鏡見てみ?変態映ってっから』

ウットリとした表情の私を見て、トキユメが顔をしかめる。

『まず、1つ目は最初の君を吹き飛ばした魔法陣に、2つ目は君の攻撃を防いだ魔法陣に、最後の3つ目は…君が今持っているその斧に、種を仕込んでおいたのだよ』

先生がそう告げた後、手を翳した。
すると、ディノタウルスの足下の魔法陣が筒のように縦に伸びて、その体を完全に包み隠した。

『魔法陣使いに触れるな、魔法陣使いが触れた物に触れるな…。
これは魔法陣使いと戦う時の鉄則だよ。
覚えておくと良い』

魔法陣が姿を消した時、ディノタウルスの姿ももうそこには無かった。

『倒したのか?』

『倒したのではなく、別次元に閉じ込めただけだよ。
まあ、これで暫くは出てこれないだろうね』

先生はそう言ってトキユメを見つめた。

『ところで、あのモンスタ-に傷を与えたのは君かね?』

『ん?ああ、そうだよ』

先生の問いかけに、トキユメは剣を軽く振って見せた。

『四天王で最も防御力のあるアレに血を流させるとは、なかなか興味深いね。
グズはグズでも、ただのグズではないってことか』

先生、じゃあ私ア-リッヒはただのグズってことですか?


『リザイア先生!そんなことよりも、こんなとこに魔王軍の大幹部が居たのは何故でしょうか?』

話題を変えようと思い、そんなことを言いながら二人の間に割って入る私。

『四天王をせっかく捕らえたんだ。
本国に戻りそれも調べてみるつもりだよ』

『え!?帰るんですか!?
どうせなら、ソルトナまで一緒に…って、わっ…!何すんのよ!』

私の言葉を遮り、トキユメが思い切り後ろに引っ張ってきた。

『お前正気か?
アイツを旅に誘うのはやめとけ』

トキユメが小声で私に耳打ちする。

『は?何でよ…!
リザイア先生と一緒に旅できるなんて、こんなチャンス2度と無いかもしれないんだからね…!?』

私も小声で言い返す。

『わかってんのか?
寝食を共にするってことは…例えば、旅の途中にお前がトイレに時間がかかったりでもしたら、アイツもしかしてウ⚪コじゃね?とか思われんだぞ?いいのか?
傍で寝てる時にお前、屁でもこいたら……』

『ホギャァアアアアアアアアア!!』

私は絶叫した。
確かにトキユメの言う通りだ。
大好きな先生と野宿しながら過ごすということは、とんでもない恥態を晒してしまうかもしれないということでもあるのだ。

三日月が照らす寝静まった丘で、先生から夜這いされる夢ばかり見ていた私の理想は一気に打ち砕かれた。

『リザイア先生…やっぱり本国に帰ってください!!』

『何をゴチャゴチャと…。
言われなくても帰るよグズ』

先生はそう言うなり、私に鼻クイしてきた。

『次に会う時は、今回のように無様な事にはならないように鍛練しておくんだ。
いいかね?こんなグズでも、一応は吾輩の教え子だということを忘れるなよ』

『はい!リザイア先生!私は必ず先生の名に恥じない魔法陣使いになります!!』

『いや、鼻に指突っ込まれてる時点でじゅ~ぶん恥ずかしいだろ』

トキユメが呆れた表情で溜め息をついた。