「ごめ、ん」

「謝らないの。……こっちこそごめん、なんて言ったら怒るでしょう?」


困惑しながらもこくりと素直に頷くと、笑った渉がそれでいいよと肯定してくれる。その返事に安心をし、渉の前からはい出すとその隣に腰を下ろした。


この行為が、焦りを加速させることは分かっている。それでも、待たなくてはいけないことは最初から分かっていたとしても、やっぱりこうして後少しになると焦ってしまう。待ち切れなくなってしまう。


待つのは、苦しい。それは、何度も経験してきたことだから分かっているはずなのに。


分かって、理解している時期と、分かっても、理解したくない時期がある。今は明らかに後者で、それが彼を焦らせる原因の一端にあると分かっているから、余計に自己嫌悪してしまう。


「紬」


静かに口にされた名前に、漸く視界いっぱいに広がる渉の顔を認識した。


鬱々とした思考に陥っていたのを、強制的に切られる。紬、と宥めるように駄目押しの一声、瞳を閉じて切り替えるために大きな溜め息を一つ。ごめん、という言葉は飲み込んで、ありがとうの言葉だけを口にした私の頭を、渉はそっと撫でた。


気持ちは痛い程伝わっている。否、伝わっている、というより、私も彼も同じことを考えている。


だから、余計に痛いのだ。わかっているからこそ、理解しているからこそ、なにも言ってこない彼が、酷く。


「……涼しくなってきたね」


あからさまに話題を逸らした私に、渉は一瞬眉を下げるとそうだね、と穏やかな声音で同意して来る。ひっそりと手を伸ばすと、気づいた渉に手を差し出されて、少し笑ってその手を取った。


「渉、そういえば相変わらず手ぇ冷たいね」


触れ合うことのできた時間は少ないけれど、彼の手はいつも冷たかった、ように思う。温かい時もあったが、基本的に冷たい彼の手を夏は保冷剤がわりに、冬は温めてあげていた記憶がある。


まだ距離の近かった、晶子と清吾の頃だ。小さかった頃、まだ戦争なんて知らなかった頃。その前からも彼の手は冷たかったけれど、頻繁に、何も考えずに触れたいから手を重ね合えるようになったのは、『前回』からだった。


「紬があったかいからそれでいいんだよ」

「……そっか」

「うん。だって今は、触れていられる」

「それも、そうだね」


今は、なんの障害もなくこうして会えて、触れ合っていられる。


あの頃はこんな簡単に────


「紬」


嗚呼、本当に、限界だ。