「……っ、あれ、」

「……渉」

「ごめ、……ごめん」

「いいんだよ、渉。……泣けてなかったんでしょう?」


ぱたり、ぱたりと目から滑り落ちるものに、自分で驚いてしまう。それでも止まることなく次から次へと溢れてくるそれに気付いた紬が、優しく頭を撫でてくる。


そう、かもしれない。そもそも事実を上手く受け止められていなかったから、泣いていなかったのかもしれない。


俯いて膝の間に顔を突っ込んだまま、声も上げずに静かに泣いた。何も言わずに寄り添ってくれる紬が、ただ温かくて。


どうして死んじゃったの、どうして俺のこと待っててくれなかったの。俺が着くまで、待っててくれたって罰は当たらないのに。ねえ、真幸くん。俺、もっと一緒にいたかった。


ずっと言えなかった。どうしてって、意味はないと分かっていても真幸くんを詰りたかった。


だって、詰れるってことは、そこにいるってことだから。


本当はずっと。慰めて欲しくて、謝って欲しくて、大好きだよって言って欲しくて、大好きだって、言いたくて。


それでも、真幸くんはもういない。


分かっていた。解っていなかった。漸く実感することができた。やっと、その事実を受け入れることができた。


遅くなって、ごめんね。待たせちゃって、きっと心配をさせていたと思う。


でも、もう大丈夫だから。俺も兄貴も、織葉さんも千緒さんも。ちゃんとそれぞれで折り合いをつけて、それぞれが今、前を見て歩き出そうとしている。


「紬、ありがとう」


俺はもう、大丈夫だ。


あとは。あとは、俺が記憶を取り戻すだけ。


「……ねえ、徹さんのことは」

「嗚呼、うん。兄貴は多分、ちゃんと考えがあるんだと思う。好きなら好きでいいし、利害の一致しただけの関係だったとしても、いつどうなるかなんて分からないじゃん」

「……そうだね、うん、そうだ」


兄貴だって大人なのだ。俺と違って、ちゃんと分かっているはずだ。


「幸せにはなってほしいと願ってるけど、その幸せは俺たちが決めるものじゃあないでしょう」


何が幸せなのかは、本人が決めることだ。今回だって、ただの俺たちの自己満足だということは自覚していたのだから。


顔を上げて、紬と視線を合わせる。小さく笑うと、その頬に手を伸ばした。ぱちぱちと目を瞬かせつつも、同じことをしてくる紬が愛おしくて。


別れなければならない障害がなくてよかったと、無意識に思った。


え、と思わず声を漏らす。嗚呼、記憶の欠片だ。唐突過ぎるその欠片を、逃さぬように手繰り寄せる。あと少しのところで逃げられてしまった欠片に、深い溜め息を吐く。


目の前の紬が、真剣な表情で俺を見ていた。