「お姉ちゃん静かに」


悩んでいると、織葉さんがそう言ってくれたので助かりはしたものの被弾した気分である。両手で顔を覆って俯くと、三人の笑い声が聞こえた。指の間から見える紬は俺と同じことをしている。


届いたココアのカップを両手で包み込むようにして持つと、一口啜った。あえて三人から視線を外していると可愛いという声が聞こえる。余計恥ずかしくなるからやめてほしい。


長居は危険だ、と判断して早めにココアを飲み切ってしまう手段に出る。紬も同じ考えなのか、同時にココアを飲みだす俺たちに兄貴はツボに入った様子。


「同じ行動してるの……っ」

「仲良いのねえ」

「羨ましい」


最後の千緒さんの言葉に、寂しさが含まれているのを感じて手を止めた。


けれどそれも一瞬、熱さと格闘しながらココアを飲み干す。しん、と静まり返った場に千緒さんがやだなあと苦笑しながら零した言葉に、否応なしに『むかし』を思い出した。


「もう、戻れないんだから、そんな顔しないでよみんな」


ごめんなさい、と口をついて出そうになった言葉は必死で飲み込んだ。言うべき言葉ではないことは、分かっていたから。


「……そういえば、そういうお姉ちゃんは誰か好い人いないの?」

「言われると思ってた。今はいませんよーだ」

「兄貴は?」

「俺に彼女がいるのは渉も知ってるでしょう。どうしてそこで訊いたの」

「流れって大事だと思って」


吹き出した千緒さんに安心しながら、紬を窺う。紬も俺を見ていて、視線が交差する。


いまいち、今の言い方では判断はつかない、けれど。どうだったとしても兄貴と彼女さんが納得していればいいのかもしれない、と思い始めた。


幸せの形は、ひとつではない。その人によって幸せというものは違って、兄貴が本当に好いているのか、それともあくまでも代わりに過ぎないのかは分からないけれど、俺も知っていて面識があるということはそれなりの関係になのだろう。


それに、いつどこから好きに変わるのかは分からないものだ。兄貴も彼女さんも年上だし、多分俺がそこまで考えたって仕方ない。


あとでちゃんと紬にも話をしようと考えながら、隣の兄貴を見上げた。ん? と首を傾げた直後、言いたいことは分かったのか一つ頷いてくれる。紬のカップの中にもココアがもうないことを確認すると、小さくその名前を呼んだ。


「帰ろうか、紬」

「うん。……お邪魔しても悪いしね」

「紬が邪魔されたくないんじゃないのー?」

「だまらっしゃいお姉ちゃん」


間髪入れずに言い切った紬に思わず笑ってしまった。まるでそう言われることを予想していたようである。