安心から溜め息を零すと、隣の兄貴にぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。ちょっと、と顔を顰めて抵抗すると紬も同じ目に遭っている。お互い乱れた髪の毛のまま、遠慮勝ちに近寄ってきた店員さんにココアを頼むと仕返しに脇腹を突いてやった。


「ていうか頼んだはいいけど話ってそれだけだよね」

「まあ、そうっちゃあそうだけど。折角来たんだから飲んでいこうよ」

「迷惑かけたしね、このお店……」


そう言われれば反論はできない。この喫茶店で一体何度泣いたことか。


ちらりと紬とアイコンタクトを交わすと、さて、と心の中で一人ごちる。兄貴と織葉さんの問題は解決した。真幸くんが中臣鎌足だとか千緒さんが車持与志古娘だとか、それはもうどうだっていいと、思う。自分たちだけが分かっていれば、お互いとお互いの兄姉が分かっていれば、それ以上はもう。


だと、するのなら。あとは、俺が記憶を思い出すだけだ。


最近見る夢は思い出した時代のものばかりで、新しい記憶の蓋はまだ開かぬまま。兄貴と織葉さんのことでばたばたしていたからというのもあるのだろうか、だがそれももう解決した。


早く、思い出してしまいたい。


きちんと付き合いたい。兄貴と織葉さんに将来、なんて言っておいて、付き合っていなかったなんて知られたら何と言われるだろう。別に何を言われても気にはしないけれど、周りに口にできる関係が欲しいと、一度知ってからどうしても思ってしまう。


とんと音沙汰のない記憶に、少しの焦燥感。けれど焦っても仕方のないことだということは理解しているから、落ち着けと言い聞かせる。


大丈夫、きっと近いうちに思い出せる。それは予感。根拠なんてないけれど、俺と紬の仲だからこそ信じられるもの。


「そういえば、渉くんと私たちって学校同じなんだよね?」

「え、あ、はい。南高です。部活入ってはいるんですけど文芸部なので、他学年とはほとんど交流ないんです」

「嗚呼文芸部ねえ……、だから知らなかったのか。妹尾って珍しいから聞いたらわかるはずだもん」

「村崎も、ですけどね」

「知ってる」


ふふ、と笑う織葉さんに、つられて笑った。俺と紬の名字はきっと、かみさまの悪戯だ。だから俺はこの名字が好きだし、紬の名字も好き。


「それで、紬ちゃんと渉くんは付き合ってるの?」


と。興味津々、といった様子で身を乗り出した千緒さんに、どうしようと紬と顔を見合わせた。今は、付き合っていない。が、果たしてそれを言ってしまってもいいものなのか。


「嗚呼、それなんだけどね。この子たち結婚まで考えてるみたいだから愚問ってやつだね」

「え、まさかの結婚まで」

「俺と織葉ちゃん引き合わせたのも、それが理由みたいなものでもあるみたいだし」

「恥ずかしいから兄貴黙って」