「違うかもしれない。時代が違うから。お姉ちゃんと徹さんの関係だって違う。でも、今回に関しては、被っていることが多すぎるから……」


俺と紬、俺と兄貴、紬と織葉さん。憶えている『記憶』と、自分たちの名前。


兄貴が、中大兄皇子が本当に好いていた人のことを、詳しくは聞いていないから想像しかできない。けれど、本当にもしかしたら、だとしたら。車持与志古娘のことを、中大兄皇子が好いていたとしたら。この時代の真幸くんが中臣鎌足で、千緒さんが車持与志古娘だとしたら。


兄貴が口にしていた千緒ちゃん、という名前に、込められていた感情はなんだったのか。


「……でも、俺たちにはどうにもできないよ」


本当に兄貴が千緒さんのことを好いていたとしたら。今付き合っている彼女は、そのことを知っているのか。知った上で、それでも割に長く付き合っているのか。


「考えても、仕方なかったね。……混乱させてごめん」


気にしないでと首を振る。今まで考えなかった俺も俺だから。それでもその可能性を提示されると、どうすればいいのか分からない、けれど。


紬の言うとおり、考えたって仕方ない。俺たちがどうこうできる問題ではない。


兄貴と織葉さん、二人の問題にだって勝手に首を突っ込んだだけだ。強制的に二人が話せる機会を作るために、俺が紬を引っ張りながらも突っ走った結果。


「たとえそうだったとしても、幸せになってくれさえすればいい、……でしょう?」

「うん、そうだった。決めたんだもんね、四人で、って」


全く同じではないのだから、違う可能性だって十分にある。それにどちらだったとしても、願う未来は変わらない。


「二人……千緒ちゃん入れて三人か。戻るのは無理だろうけど、普通に話せるようになってくれるといいなあ……」

「紬が願ってるなら、大丈夫」

「渉も信じてくれるんだもんね」


そうだよ、と頷くと、隣の紬が漸く笑みを零した。緊張が解けたらしい、よかったと思いながら紬の方にこてんと頭を倒した。なあに、とかけられた声の中に甘えが混じっていることを、俺はちゃんと知っている。


「もう少し一緒にいたいな、と思って」


ここのところ目まぐるしく状況が変わりすぎて、ゆっくりしている感じがない。全くないわけではないが、ここ数日は色々なことがありすぎて少し疲れてしまっている。


私も、と密やかに落とされた声の後で、紬の頭も俺側に倒される。お互いでお互いを支えながら、赤から深い青に変わっていく空を、静かに眺めた。


兄貴と織葉さんが上手くいきますように。あわよくば、千緒さんと織葉さん、兄貴と千緒さんも仲直りできますように。


未来のことを祈るなんて俺らしくないし、別に未来を信じたわけでもないけれど。


たまにはいいだろうと思いながら、感じる温もりに目を閉じた。