どうしたの、と問いかけると、少し迷ってから紬が俺の腕を引いていく。その方向に河原だということを察して、やんわりとその手を解くと繋ぎ直した。


黙り込んだ紬は、何に気付いたのか。図りかねて、とりあえず河原に向かう。岸辺に座り込んだ紬の隣にくっついて腰を下ろすと、ぎゅっと唇を引き結ぶ紬が口を開くのを待つしかなかった。


「……私の、気のせいならいいんだけど」


慎重に言葉を紡ぎ出した紬を、そっと見遣る。視線は川面に向けたまま、紬が考えながら口にしていく言葉を、間違えないように咀嚼していく。


「徹さん、今彼女さんはいるんだよね……?」

「え、っと、うん。俺も何回か会ったこと、あるよ」

「徹さんは、本当にその人のことが好きなのかな。……その人も、徹さんのことが、本当に好きなのかな」


何を、と言いかけて、そうかと思い出す。中大兄皇子の言葉。絶対に結ばれないと言ったその相手。


兄貴は、織葉さんと付き合っていたわけではないけれど。親友の真幸くんが、もし中臣鎌足だとしたら。


「……兄貴の好きな人って、」

「確証はないよ、立場だって、違う。けど……」


中大兄皇子のことは分かっても、正直中臣鎌足までは詳しくない。


中大兄皇子と共に大化の改新の中心人物であり、その功績から中大兄皇子の妻である鏡王女を貰い受け、藤原氏の始まりとなったひと。


嗚呼、でも。目を閉じて記憶を掘り起こしていくと、少しずつ思い出していくことがある。


「中臣鎌足には、他にも奥さんがいた……」


名前までは、はっきりと覚えていない。それでも、確か藤原不比等の母親が鏡王女とどちらか分からないと云われていた人物がいなかったか。


「……車持与志古娘。少しだけ、調べたんだ。私もそこまで憶えてるわけでも、そもそも知っていたかどうかも分からなかったから」


よしこのいらつめ。


中臣鎌足の、他の奥さん。


「藤原不比等は、私はお姉ちゃんの、鏡王女の子だと思ってる。中大兄皇子の息子だと云われていたんだから、十中八九そうでしょう。確かに中臣鎌足はお姉ちゃ、鏡王女を大切にしてくれていたけど、だからってあの時代、妻が一人だったわけじゃない」


一夫多妻が当たり前の時代だ。子供が政治の道具に巻き込まれていたくらい。あの時代の普通、で考えると、鏡王女しか奥さんがいないのは確かにおかしい。


「他にも奥さんはいたみたいだけど、名前がはっきり残っているのは鏡王女と車持与志古娘の二人だけ。お姉ちゃんと徹さんに事故以前の面識はなかったみたいだけど、千緒ちゃんと徹さんにはあった」

「……まさか、」