「年上には奢られておくものだって、兄貴いつも言ってるから。その分後輩ができたら奢ってやればいいんだって。そうやって回っていくからって」


俺と兄貴は兄弟だから気にしないけれど、紬は流石に気にするのは分かっている。先んじて言葉を投げると、渋々ながらも納得した紬は俺に引っ付いてきた。


金木犀、と零れ落ちる呟きに同意して、ふっと視線を巡らせる。黄金色の綺麗な花が沢山咲いた金木犀は、朝からその甘い香りを放ったままだ。


「……さっきは全然話せなくてごめんね」

「ううん、気にしてない。俺もあまりそんな気分じゃなかったし……真幸くんが余命宣告されてたの、俺も知らなかったから」

「……そっか。……空、綺麗だね」


紬の言葉にぱっと空を見上げると、雲一つない空が俺たちを見下ろしている。すうっと胸いっぱいに甘い香りを吸い込んで、ゆっくりと空気を吐き出した。隣の紬が同じことをしているのに気付いて、二人でくすりと笑う。


兄貴と織葉さん、千緒さんのことはもう、当事者に任せるしかない。あとは、俺だけ。俺が残りの記憶を思い出すだけ。


「お待たせ、二人とも」

「徹さん、いつもありがとうございます、奢ってもらっちゃって」

「嗚呼それ、気にしないで。年下は年上に素直に奢られておくものなの。そしたら今度は紬ちゃんが後輩に奢ってあげればいいんだから」

「それさっき渉に言われました」

「それ先に言って?」

「ふふっ」


目元を赤く染めた兄貴がおどけたように言う。小さく笑った紬の目元も赤いし、俺だって多分人のことは言えない。


この喫茶店では泣いてばかりで申し訳ないから、また今度何もないときに来ようと思った。


「そういえば、兄貴織葉さんの連絡先知ってるの?」

「……あー、流石に知らないなあ、そういえば。そうなると紬ちゃん経由になっちゃうか」

「教えましょうか? お姉ちゃんに許可取ってからですけど」

「うん、そうしてくれるとありがたいかな」

「あとで聞いておきます」


お願いします、と返す兄貴と三人、何となく歩き出す。駐車場をさっと眺めると車は見当たらないから、兄貴は今日は電車で来たらしい。


「俺紬送って帰るけど、兄貴は?」

「お二人のお邪魔しないように先に帰るよ」

「気を付けてくださいね」

「否定はしないんだね。うん、気を付ける。渉たちも気を付けるんだよ」


紬と二人顔を見合わせて笑いながら、兄貴の言葉に頷いた。本屋寄って帰るからと別れた兄貴に少しだけ笑う。くい、と俺の腕を引っ張ってきた紬を振り返ると、兄貴の背中を真剣な目で見つめる紬に首を傾げた。