言葉には、裏というものがどうしても存在する。勿論、そうでない言葉だってあるけれど、大体の言葉が表向きとは別の想いを孕んでいることは否定できない。


うたは、その代表だ。


『自分たち』が詠んできたうたを思い出す。その裏側に、必死に込めた意味を想う。


口にできない言葉は、いつの時代だって存在している。その言葉をどうしても伝えようとするためにひとは言葉に裏を作って、それが良いことだとでもいうように昔のひとはうたに様々な意味を込めた。


俺も、彼女も。表向きにできない事情を込めて、相手に伝わると信じて。


伝わってほしい想いがちゃんと伝わるかなんて、誰にも分からないのに。


言葉が足りないのは、そのせいなのかもしれない。みそひと文字、三十一字に伝えたい想いをこれでもかというほど詰め込んで、受け取る側はそれを読み解く。それが染み付いてしまっているから、言葉は足りずに擦れ違いを生み出してしまう。


事情を知らなければ言葉の意味を違えてしまうことは明白。そうして俺たちは騙してきたのだから。だとするのなら、伝える側と伝えられる側で、同じ情報量であると誰が言い切れるのだろう。もしかしたら伝わっていない言葉だってあるはずなのに、妄信的に伝わると信じてしまっている俺たちはきちんと目を向けるべきなのかもしれない。


「ちゃんと、言わないと分からないんだよ」


伝わらないことだってあることを、俺たちは知っていなければならないのだ。


「だから、ちゃんと話をしようよ」


そのために、多少強引だったとしても兄貴と織葉さんを引き合わせた。


「……今度、千緒ちゃんも交えて話すよ」


俯きながらぽつりと零した兄貴の言葉に、紬が小さく笑みを零す。お願いします、という彼女が、徹さんと兄貴の名前を呼ぶ。


そろりと顔を上げた兄貴の、その頼りなさげな表情を見るのは初めてだった。いつも頼りになる兄貴が、初めて見せてくれた表情。俺だってもう高校二年生で、『記憶』だってあるわけだから人生経験は兄貴より豊富だ。


少しくらい弟を頼ってほしいと思う。兄貴にはもう言ったから、これ以上畳みかけることはしないけれど。小さなことでもいいから、これをきっかけに関係が少しでも変わるといいなと願った。


「とりあえず、出ますか?」


ふう、と深い溜め息を吐いてから、紬が顔を上げる。そうだね、と同意した兄貴と俺は、先に立ち上がった紬の手からするりと伝票を抜き取った。


あ、という顔をする紬の手を俺が掴んだのを確認し、兄貴がレジに向かう。何か言いたげな紬を先に店の外へ連れ出すと、兄貴が出てくるのを待った。


「奢られてばっかり……」