もし、あそこで真幸くんが千緒ちゃんを庇わなかったら。もしかしたら、真幸くんも千緒ちゃんも死なない運命だってあったのかもしれない。二人が納得して別れる道だって、逆に別れない選択肢だってあったかもしれない。


全て、今となっては想像にすぎないけれど。有り得ないたらればでも、想像すれば少しは楽になるのだろうか。


「俺は、千緒ちゃんにも織葉ちゃんにも真幸が余命宣告されてたことは言わなかった。真幸に口止めされてたし……多分、俺の中に少しでも苦しめばいいって気持ちがあったんだよ。余命宣告されてたこと知ったら、どちらにせよ早いうちに亡くなってたんなら好きな人守って死ねてよかった、って思ってほしくなかったから。……二人がそんな人じゃないことは何となく分かってたけど、俺だって兄弟同然の存在を唐突に、しかも病気じゃなくて事故で亡くして、混乱してた」


俺も。俺も、真幸くんが死んだって聞いた時、訳が分からなかった。事故だって聞いて、ふざけんなと思った。嘘だと、思いたかった。


俺の、もう一人の大切な兄。あまり会えないな、会いたいなと思っていたのに、会えた時にはもう真幸くんは生きてはいなかった。


「今じゃ後悔しかしてない。あの事故がきっかけで、千緒ちゃんと織葉ちゃんも離れちゃったんでしょう? そんなのきっと、否確実に真幸が怒ってる。だから、ちゃんと話をしたいと思ってるし、織葉ちゃんとも、今みたいな関係でいたくはない」


長くなったけど、これが俺の話、と兄貴が話を畳む。渉、と名前を呼ばれて、兄貴に視線を向ける。


「お前にも。真幸のこと言わなくてごめん。せめてお前には言うべきだったって、俺今でも後悔してる」


いくら後悔したって未来は変わらないし、変えることはできない。それでも後悔していると聞いて、少し嬉しいと思っている自分がいることに戸惑う。


どうして。後悔したってなにも変わらないのに。どうして俺は嬉しいなんて思っているのだろう。


「渉。ねえ渉、それでいいんだよ」


隣から聞こえてきた声に、視線を兄貴から紬に移す。いいんだよ、ともう一度繰り返す紬が、俺の瞳から流れ落ちる涙を指で掬い上げる。


なんで分かったんだ、なんて疑問に思っている余裕は、今の俺にはない。


「後悔してるってことは、渉に言っておけばよかった、ってことでしょう。そうしたら、もしかしたら渉と真幸さんが一緒にいる時間が増えたかもしれないってことでしょう。……もっと、渉に真幸さんと一緒にいて欲しかったって、ことでしょう……?」


紬の声が、震えていた。俺は何も言えなくなって、紬の腕を引っ張るとその細い身体に抱きついた。


ちゃんと、知っておきたかった。真幸くんが病気だったこと、先が長くなかったということ。もし結局事故で亡くなるにしたって、もっと一緒にいる時間は増えたかもしれない、亡くなった時だってここまで混乱しなかったかもしれない。