「脳腫瘍。もう手遅れだったって。具合悪かったの、隠してたんだよ。俺も少しおかしい気がするな、で済ませてた自分を恨んだよね。もっと早く気付いてれば、否気付いてたんだから強引にでも病院に行かせてれば、って。そしたら真幸は、死ななくても済むんじゃないか、って」


だが、現実はそうもいかない。それでもぎりぎりまでは大学に通いたいという真幸くんを、兄貴はずっとサポートしていたらしい。


「そんで、真幸が死ぬ一ヶ月くらい前だったかなあ。割と症状が酷くなって、帰り道ぶっ倒れて。病院に運ばれたんだけど、あいつ数日で強引に退院してきてさ。千緒ちゃんに会いに行く、って。別れるから、話が終わるまで倒れないように、話が終わってから倒れてもいいようにお前も来てって、言ってきてさあ。断れるはずもなくて、俺も着いていって、ばれないところで真幸が千緒ちゃんに別れを告げるのを見てた。千緒ちゃん、泣いてたけど、真幸はごめんの一点張りで理由なんて言わなかった。あいつ嘘下手だから、きっとうまい言い訳思い浮かばなかったんだろうね」


嘘下手なくせに、隠すのは上手いんだ。


「無事に、というか、千緒ちゃん帰るまでは大丈夫だったんだけど、気が抜けたのか別れた後にまた倒れて病院に逆戻り。正直に主治医に事情話したら『最初に言え、そしたら外出許可くらい出した』って怒られてさあ。それもそうだよね、本当真幸ってそういうところばかで、」


ぱたり、と響いた音には気付かぬふり。何かを飲み下すような音にも、震える声にも。


「事故があった日、あいつが最後に映画観たいって言うから、今度は主治医にちゃんと許可取って出かけたんだ。最期だろうって言われながら。そしたら映画に行く前に、あいつ……」


兄貴の声がフェードアウトしていく。そっと頬を撫でられて、自分が泣いていることに気付いた。


「千緒ちゃんは悪くないんだ、ちゃんと納得できるように別れられなかった真幸が悪いんだよ。千緒ちゃんは説明を求めようとしてただけなんだ、織葉ちゃんも、ただ別れたことは知らなかったみたいで、あとから気付いたけどただ真幸のことが好きだっただけで。織葉ちゃんも千緒ちゃんも悪くない、ただそうだな、タイミングが、悪かっただけなんだ。全部ぜんぶ、タイミングがちょっとでも何かずれてれば、きっと何かが違ってた」


でも、タイミングはきっちり揃ってしまっていた。


「真幸、よかったって泣いてた。千緒ちゃんが怪我しなくてよかったって。織葉ちゃんも、助けてくれてありがとなって。でもお前無茶すんなよ、轢かれたらどうするつもりだったんだよ、って……本当、最期まであいつばかだよ、血ぃ流しながら言う台詞かよ。寧ろお前が轢かれてんだから自分の心配しろよって……っんと、あいつ、」


死にたくないとか言ってたくせに。まだやりたいこと沢山あるって泣いたくせに。


「真幸も、千緒ちゃんのことが好きだったんだよ。大好きだったんだよ。きっとどこまでも、それこそ自分の命投げ打ってでも好きだったんだ。でもさあ、いくら余命宣告されてたって、いくらでも道はあったはずなのに。あんなところで死んじゃうなんて、本当にあいつ、だれも救われないのに……っ」