舞阪家の令嬢として何不自由無い生活を送ってきた茜の美しかった手が、今では、包丁で出来た切り傷や洗い物をしてすっかり変わり果てた荒れた手となりとても痛々しい。
優也はこんな苦労をさせてしまったと茜の手を握りしめた。
「茜、痛かっただろう。ごめんな。」
優也は茜の手を握り締めると額に当ては何度も何度も茜に謝っていた。その姿を見て茜はたかだか夕飯一つで大袈裟過ぎると笑っていたが、優也は茜の両親の離婚問題ばかりを考えていたのだ。その後ろめたさに茜に謝り続けた。
「これくらい平気よ!これまでお母さんに甘え放題で何もしてこなかった私が悪いの。気にしないで。」
茜の父親の名前が書かれた離婚届に惑わされた自分が恥ずかしくなる思いだった。茜は純粋に優也との生活を前向きに大事に考えてくれていると、優也にもひしひしと伝わってくる。
辛いはずの炊事や掃除、洗濯などどれも文句ひとつ言わず茜は手伝う。学業を第一に考えて出きる範囲で手伝ってくれればと考えていたが、驚くほどに積極的に手伝う茜にいつの間にかそれが当たり前になっていた。
「血が出ている。深く切ったのか?!」
「平気よ!こんな切り傷は舐めたら治るわよ。」
舌を出しておどけて見せる茜が意地らしくて優也はしっかり茜を抱きしめた。こんなに無理をさせるつもりはなかったと、茜を抱きしめる腕に力が入りすぎて茜の顔が歪むほどに抱きしめていた。
「優也さん? い、痛いよ。」
罪悪感と背徳感の中、自らの罪の意識の中で懺悔し続ける優也には茜の声は届いていなかった。