「じゃ、俺も温泉へ行ってくるよ。」

「いってらっしゃい」

「ああ、行ってくる。」


 まるで美佐と優也の方が夫婦の会話のようだ。優也はこんなやり取りを美佐としたかったのだと改めて分かってしまった。


 本来ならば茜との子作り旅行のはずだが、こんな感情のまま茜と触れ合うことなど出来ないと分かった優也は当面は見送ろうと決心した。会長がどんなにせっついたとしても、出来ないものは出来ないと言えば済むことなのだからと、優也は開き直りの姿勢を見せることに決めた。


「子どもは天からの授かりものだ。茜には当面授からなかったと口裏を合わせてもらえば良い話だ。」


 自分の中でそう決め込むとこの旅行も楽しくなるのだと感じた優也。


「まだ、時間はある。この際、口説き落とした方の勝ちだよな?」


 優也の目は茜ではなく美佐の方へと向かっていた。それに勘付いていた美佐は出来るだけ一人になるのを避けようとした。


 だから、遅れながらも茜がいる温泉へと向かった。慌てて部屋を出た美佐はタオル一枚も持たずに温泉へとやって来た。


「あ、タオルが・・・」


 温泉の入り口の受付までやって来て初めてタオルを持ってこなかったことに気付いた。美佐は部屋へ戻ろうと振り返った所、そこには優也が美佐へタオルを差し出していた。