まだ二人が本当の意味での夫婦になっていないのならと、美佐は仕方なく茜と一緒に洋室のベッドの部屋を使うことにした。


 優也は「畳の匂いが好きだからこっちの部屋で寝るよ」と微笑んで畳の部屋へと荷物を下ろしていた。その微笑みは茜にも美佐にも向けられたものだが、一際美佐を見つめる優也の瞳は熱かった。


「お食事のお時間になりましたらこちらへ料理をお運び致しますので、それまで、当旅館自慢の温泉に入られてみてはいかがでしょうか? 庭の散策もとても空気が綺麗で気持ち良いですよ。」


 仲居さんが簡単に説明すると部屋から出てしまった。残された三人は和室から部屋の外を眺めていた。素晴らしい庭を見ていると心が癒されそうだったけれど、ここへ来たのが本当の家族であればもっと良かったのにと美佐は遠い目をして庭を見つめていた。


「お母さん、温泉いかない?」

「え? お母さんはまだいいわ。二人で入って来なさい。」

「茜、後から行くよ。先に行っておいで。」


 優也にそう言われると茜はバッグの中からタオルを取り出して、はしゃぐ子どもの様に部屋を飛び出して行った。その様子を見ていた優也は茜の可愛さにクスクスと笑っていた。



「あの子は本当に可愛い子だよ。」

「ええ、あの子は可愛いたった一人の娘なの。あの子を大事にして。」

「・・・・勿論、会長の命令とは言え結婚してしまったのだから、茜を大事にするつもりだよ。君の娘だからね。」


 
 会長命令で結婚したことは何となく分かっていた。まさか、自分の時のように茜に求婚し承諾させたとは思っていない。