「この人がお前の夫になる人だ」
舞阪商事(株)会長の祖父に呼び出され着物姿で座敷に来いと言われた舞阪茜(まいさか あかね)は、その姿で座敷の座卓の前に座って一人待っていた。
会長の祖父を待たせることなど出来ない茜は約束の時間より十分も早くその場に座っていた。
物音一つしない部屋で待つ茜の耳に聞こえるのは、茜が動いたときの着物の擦れる音くらいでとても静かなものだった。
この静けさが茜には逆に心が落ち着かず窓の外に見える日本庭園を眺めながら、今から起こる出来事を想像しながら心を落ち着かせていた。
約束の時間丁度になると祖父は一人の男性と一緒に座敷へと入ってきた。茜の前に座る祖父とその男性に慌てて頭を下げた。
そして、開口一番祖父はその言葉を茜に突きつけた。
茜の目の前に座る男性は茜よりかなり年上だ。部屋へ入るときに一瞬だけ顔が見えたが直ぐに頭を下げそれ以上は分からなかった。
大きな会社を経営する祖父の孫なのだから政略結婚を言い渡されるのは覚悟はしていた。しかし、なんの前触れもなく突然のことに茜の動揺は隠せない。
そして、この男性が胸ポケットから出した婚姻届に茜以外の署名が全て書かれていたことで、この話は嘘ではないのだと思い知った。