「どう、よく眠れた?」
  場所は移動し屋根の下。
 あの後ヒロの手をとった私は、今までたまりにたまっていた疲労で眠りこんでしまったらしい。
 おそらく色んな事に脳が耐え切れず強制的に思考をシャットダウンしたのだろう。
 倒れた私は、三人に担がれベッドで眠らせてもらい、今に至る。
  これでは迷惑かけっぱなしではないか。
 「…」
  それにしても、と、考える。
 私の体を包み込む何とも言えないこの温かさは何なのだろうか。
 そのおかげか、珍しく悪夢にうなされることも、深夜に目が覚めることもなかった。
 そして朝が来た時にずっと眠っていたいと思ったことも初めてだ。…いや、久しぶりだった。
 今も体を纏う毛布の温かみや、頭をうずめている枕にも、確かに覚えがある。
  私のいたところでは寝起きは床で、毛布は薄い布一枚があたり前だったはずだが…いつの記憶だろうか。
  ベッドのそばにある椅子に腰掛けているヒロが、白い液体をコップにそそいでいる。
  朝日を受けながらきらきらと輝くそれにも、見覚えがあった。
 「はい、どーぞ。ホットミルクだよ。」
  そう言いながら、その液体の入ったカップを渡してくる。
 「…?」
  ホットミルク。初めて聞く単語だ。
 初めて口にするには少々ためらう代物だったが、にこにこしながらカップの受け取りを待つヒロに負け、恐る恐る受け取る。
 「…!」
  カップに触れた手がじんわりとした温かさを感じ取る。
 これはなんなのだろう。魔法の飲み物だろうか。
  だが、優しい飲み物というのは確かだ。
  そう思い、ヒロにお礼を言ってから一気に喉に流し込む。
 「っー!!ごほっ、ごほっ!」
  しかし、そんな私の期待を欺き、その液体は牙をむいてきた。
 熱い!!! いつもの癖で流しこむようにして飲んだことも不運だった。
 そのせいで喉が焼けそうだ。舌もヒリヒリし、苦痛を訴えている。
 …罠…なのか?
 「だ、大丈夫!?ホットミルクだから熱いよ!?」
  …どうやら悪気はないらしい。
  人ならばホットミルクぐらい知っていて当たり前なのだろう。
 だが私は、名を聞くのも現物を口にするのも初めてのことだった。
 まさかこんなに熱いものだとは知らなかった。カップ越しに伝わるじんわりとした温かさならまだいい。
 だが、これは喉を焦がすほどの熱を帯びた攻撃的な温かさだ。いや、熱さだ。
  確かにホットは熱いという意味だが、ここまで熱いとは普通は思わない。少なくとも私は思わなかった。
 いつも飲んでいたものは水ばかりで温かさなんて欠片もなかったし、飲み物を温めるという発想も無かった。
  無知な自分を恥つつも、"ホットミルク"というものに興味がそそられる。
 組織内にあった本でしか知識が得られなったので、まだまだ自分が知らないことはたくさんあるのだろう。
 「あのねヒカリ、これはこうやって飲むんだよ。」
  なんと。指定された飲み方まであるのか。
 少々面食らったが、美味しく飲める方法があるのならやらない手はない。
 そう息巻き、ヒロに視線をあてると、思わず頬が緩んだ。
  ヒロの方が顔を赤くしながら、一生懸命息を吹きかけているのだ。
 「あんまり冷め過ぎたらただのミルクになっちゃうけどね。」
  えへへと笑いながら、美味しそうにカップに口をつける。
  その表情を見て、思う。
 私は自由だ。自由になれたんだ…。
  ヒロがやったように息を吹きかけ、今度はそっと口に含む。
 すると、さっき感じたじんわりとした温かさが舌を歩き、喉を滑らかに通過し、胃を満たした。
 思わずほうっと息をつく。
 「…おいしい。」