「…ひどいよ。」
  私の話を聞いてる途中に、ヒロがぽつりと漏らした。
 「罪のない子どもたちの未来を勝手に奪えるほど大人たちは偉いの?そこまでして何をやりたいの?」
  大人たち。
 それは"表"も"裏"も指している言葉だった。
 表では、裏で行われていることを知ってなお、それを黙認し、あまつさえ協力までしている。

 …だが、そんな大人はごく一部だ。
 不定期検査に引っかかった家族は、意味もろくに説明されず、すぐに抹消されるからだ。知人たちも、深くこの真実を解き明かそうと突っ込んだ場合には、同様に始末される。
 「それもぜんぶ、この先起こるであろう戦争のため…」
  
 唯一事情を把握している政府は、裏で行われている行いを、"人口の一割を犠牲に最強の兵士を造る"ぐらいにしか認識していない。
 悪逆非道な行いや、人権を無視した扱いからは目をそらし、自分の財産を更に肥やすことにしか頭が回ってないからだ。

 戦争で勝つためなら神の力さえ手に入れようとする、強い欲望。
  それは、研究者たちにはもってこいの気持ちだ。
 政府の後ろ盾を得た悪魔と化すための。
 「何しろ能力者一体で一国の武力に匹敵すると言われているのだから。」

 まだ納得のいかない顔をしているヒロに目で念押しする。
 私達は、"人"じゃない。
 "物"だ。
そう認識してしまえば、話は早い。
 「やっぱり、おかしいよ。」
 ヒロ以外の二人は呆然としていた。
 何かを必死に考えてるようにも見える。
 だからだろうか。その分ヒロが食い下がってくる。
 「大人たちも納得済みのこと。反対する者はいないし、政府にそんな輩がいたとしても、翌日には息をしていない。」
 政府もこの条件を呑むまでに随分悩んだだろう。
神の力というものは、時に悪魔の力になりうるのだから。
 …いや、悩むどころか喜んだのかもしれないけれど。
 その場合悪魔は研究者たちだけではなくなるな…。
 「…」
 
 はぁ。
 …すっかり空気が冷めてしまった。
だから話すのは避けていたのに。

 能力者を理解できるのは、能力者だけ。
  なら、そんな能力者は何人いるのか…おそらく、数えられるほどしかいまい。私達は、常に孤独だ。
 「…あいつも、能力者だったのか。
  な、なぁ、お前はなんの能力を持ってるんだ?」
 あいつ…?
 能力者は数えるほどしかいないはずなのに、心当たりでもあるのだろうか。
 しばらく悩んでも結論がでなかったらしいリンタに疑問の目を向ける。

 リンタの瞳に怯えが走る。
 さっきの発言は、淀んだ空気を少しでも良くするためのものなのだろうか?
 だとしたらその質問は逆効果でしかない…。

 私の能力。
 存在してはいけないモノ。
 「私の力は、滅びの力。組織内では"消失機械"と呼ばれていた。」
 「消…失?」
 「消したい…と思うと、消える。口に出しても心に負の感情があっても。」
 あえて説明を省いたが、指先で触れたものも消える。
 今は対能力者用の手袋をはめているから、言わなくても大丈夫だろう。外す気なんてさらさらない。
 全てを無に返してしまいそうな黒で染まった手袋を、ぎゅっと握る。
 私は、この能力が嫌いだ。大嫌いだ。これこそなくなってしまえばいい!!
 …なのに、なくならない。非常に理不尽だ。
 この力のせいで、私はどれだけ苦しんだだろう…

 能力の中でもレアだとかなんたら言われてきたが、一番不便なのは明らかだ。
 能力故に、開発されてすぐ、薄暗い地下牢に放り込まれることになったのだし。
 手足を対能力者用の鎖で繋がれ、眠らされた状態で。
 眠っていたため記憶はないが、長いこと研究所一の危険人物…いや、危険物として扱われていたらしい。
 能力者として目覚めてすぐに、たくさんの人や物を消してしまったらしい。
 「ま、まじかよ…。それ、コントロールできねーのか?」
 やっと怖がってくれたところで申し訳ないが、答えはノーだった。
 「初めよりは大分感覚をつかめているけれど…途中で研究所を脱出してしまったから、
  "未完成品"に分別されていて、力の制御は不十分らしい。でも、大丈夫。」
  なにが大丈夫か分からなかったが、とりあえず安心してもらいたかった。怯えてほしくなかった。
 
…私の心もわからない。
 一度消してしまってから、自分の心が自分のものだと感じなくなっていた。
 「もしかして、そのために感情を抑えていたの…?」
  それも一理ある。いや、ほぼそれが理由だ。私は首を曖昧にふっておいた。
 
 感情も中途半端。能力も未完成。"失敗作"と呼ばれるにふさわしい代物。
  研究所の人たちも、制御法を生み出すのにかなり手を焼いたらしい。
 
 話しながらも、私の意識はゆっくりとあの頃の記憶に浸っていっていた。