(…おはよう)
木漏れ日を肌に感じながら、心の中で朝の挨拶をする。
六畳の小さな部屋にぽつんと佇んでいる状況に慣れる日は来るのかな?いつまでも悲しいままなのかな?と考えていたら虚しさが更に募る。
換気をする為に窓を開け、顔を洗ってからテレビをつける。実家にいる時はテレビなんて殆ど見なかったのに、一人暮らしになった途端に音が恋しくなった。自分では音を紡げないから、誰かが発する音を求めているんだろうか。
常に寂しくて悲しくて泣きたい気持ちに支配されていて、体がふわふわ浮いているような気がする。目をしっかり開けていても、入ってくる景色が臨場感を欠いている。
…これが、彼のいない世界の有り様だ。
「ー続いては、新作アニメの話題です。四年前に一斉を風靡したあのアニメの新作映像が入って参りました!うわ~俺このアニメ大好きだったんですよね。何と言っても主人公を支える謎の少女!あの声は一度聞いてしまったら虜になりますよね」
コメンテーターが興奮したようにまくし立て、僕の視線はそちらへ釘付けになる。
「そうですね~。でも少女の声を演じてらっしゃった紗希さんは、現在休業中ですから…」
「…ああっ、そうでしたね!はあ……早く帰ってきて欲しいものです…。紗希海葉さんの声は、誰をも魅了する素晴らしい声ですから…」
…誰をも魅了する素晴らしい声、か。
ありがたい言葉だけど、今の僕にとっては絶望を増長させる要素でしかない。
(紗希海葉はもういないんだ)
僕は珈琲を手に取ると、ゆっくりとそれを口元に運んだ。湯気と共に香ばしい匂いが鼻を掠め、口内に独特の苦味が広がる。
「ーさて、次は現役大学生画家『ウミノ』さんの…」
テレビのリモコンを操作し、電源ボタンを震える指で押した。音のない世界は寂しくて耐えられないけれど、音のある世界もまた煩わしいものを沢山含んでいる。
いずれにせよ、僕の居場所はどこにもない。