鶴さんと同棲してから彼の通帳と印鑑は私が預かっていたのだけれど、それらは全て彼のご両親へ返した。
それから、大切にしていたミニチュアバイクの模型もいくつか渡した。
もっとたくさん返そうとしたら、彼のお母さんが涙ぐみながら私に言ってくれた。
「小春さん、もしよかったら他のものはアパートに残しておいて。あなたの元に戻ってくるかもしれないから。きっとあの子は、誰よりも先にまずあなたに会いに行くはずだから」
みんな、希望は捨ててない。
そう感じて、うなずいた。
すると数日後、鶴さんのお母さんから連絡があった。
彼の通帳を記帳したら、地震があったあの日の午前中に30万円ほどATMでおろされていたと。
心当たりはあるかと問われたのだ。
あの日の朝、私たちはケンカをした。
だから可能性としては、鶴さんが私との同棲を解消して他にアパートでも借りようとしてるのかと思ってしまったけれど━━━━━。
届いたメールには『帰ったらもう一度プロポーズさせてください』と書いてあった。
あの言葉に、嘘は無いだろう。
それなら、なぜ?
「ねぇ、鶴さん」
長く続いた沈黙を破り、私は彼に話しかけた。
「どうしたの?」
「あの日、大きな金額を銀行からおろしてたって聞いたの。何かあったの?」
彼の瞳が見開かれ、少しの動揺が見て取れた。
でも、すぐににっこりと微笑んで首を振った。
「何も無いよ。釣りに誘われたのもあって、道具一式買うためにおろしたんだ」
「えー!なにそれ〜。どれだけ高級な釣り竿買ったのよ」
「あ、その顔。僕の好きな小春さんの顔」
頬を膨らませて怒っていたら、不意に向こう側から鶴さんの大きな手が伸びてきて頬に触れた。
途端にしぼんで元に戻る私の顔。
そんな愛しそうな顔しないで。
胸が痛くなるから。
彼の温かい手をそっと握って、懐かしい体温をしっかり思い出した。