「荷物、それだけか?」

柳先生の家を出て行く、当日。


「はい」

「家まで送っていこうか?」

「大丈夫です。荷物少ないですし…電車ですぐなんで」

「そっか」


土曜日なのに珍しく、柳先生も学校がお休み。


本当はいない間に出て行くつもりだったから、玄関で見送られるとどうしていいかわからない。



「えっと…」


俯いて言葉を探していると、柳先生の手が頭に触れた。




「いつでも帰ってきていいんだからな」


ドクン。



温かくて大きな手。




「櫻井の帰る場所はここにもある」



心に届く、言葉。





「…はい」


俯いたまま、涙が出そうになるのを堪える。




ここで泣いたらダメだ。


グッと涙を堪え、顔を上げた。




「今までありがとうございました」


真っ直ぐ目を見て言うと、柳先生は笑った。


「気をつけてな。また、学校で」



「はい」



軽く一礼すると、玄関の扉を開けた。




一歩を踏み出したら、振り返らない。



ここにはもう帰って来ない。



そういう気持ちで、柳先生の家から出た。