「なんでなんもしゃべんないんだよ。…まあいいけど。よいしょ」
何の断りもなく彼は私の隣に座った。
風に乗せられて、ふんわりと柔軟剤の香りがした。
「俺いつもここで練習してんだけどさ、あんた見たの初めてだから。ちょっと気になって声かけてみたんだけど…。なんで泣いてんの?」
練習…?
彼の方に目を向けると、アコースティックギターのケースを持っていた。
ギターの練習だろうか。
「なんか辛いことでもあった?」
あまりにも優しい声でそう聞かれたので、思わずほぼ反射的に頷いてしまった。
「そっか。んー、あんた好きな曲ある?」
ギターをケースから取り出しながら、彼が私に問うた。
私は少し考えた後、地面の土に好きな曲のタイトルを書いた。
「おっ!俺もそれ好き!」
彼はおっきな笑顔でそう言った後、ギターをジャカジャカと弾き出した。
そして、歌い出した。
ぞっとした。
なんて、なんて綺麗な声で歌うんだろう。
そして、なんて楽しそうな表情で歌うんだろう。
声量も私と同年代くらいの男の子のものとは思えないものだった。
ピッチもずれることなどあるもんかというような安定感。
私は涙が止まらなかった。
人の歌を聴いて涙が止まらないなんて、初めてだった。