ポロポロと零れる涙を、拭うことすら出来ずに立ち尽くす私。
圭哉くんの言葉が、痛い。
辛い、苦しい、切ない。
修くんに別れようって言われた時だって、泣いたりしなかったのに…。
ほら、これが恋ってやつじゃないの?
これを好きって言うんじゃないの?!
この気持ちは何だって言うのよ。
バカ!悪魔!大魔王。
「…帰る。」
「………あ?」
自分のカバンを持って立ち上がった私を、圭哉くんの大きな手が止める。
「お世話係は、ご主人様と一緒に食事なんてしませんから。」
「何言ってんだよ」
私の言葉に、"意味わかんねぇ"と首をかしげ、尚も離してくれない大きな手をパシッと跳ね除けて、私は玄関を出た。
その途端、圭哉くんに告白して振られた…
その事実がズッシリと私にのしかかる。
あーあ、振られちゃった…。
「………うっ、ふ……うぅ〜」
圭哉くんのマンションを出た時には我慢してた嗚咽が一気に漏れて、それを合図に涙は量を増した。
「もしもし、夢子ちゃん?」
『ん?どした?』
帰り道。
やっと治まった嗚咽に深呼吸して、電話の向こうの夢子ちゃんへと言葉を紡ぐ。
「………。」
『小春?もしもし?』
「……振られちゃった。」
『…え?………は?』
「圭哉くんにね、告白して振られたの。」
へへっと笑ってみても、いつものようには笑えなくて。半分泣いて、半分笑ってる。そんな感じ。
『何で?いつの間にそんな展開になってたのよ!!』
「つい、さっき。」
『今からウチおいで!話聞いてあげるから!』
ちょうどバイトが終わったらしい夢子ちゃんは、絶対疲れてるだろうに…。
こんな時でもやっぱり優しくて、頼りになって、私のこと理解してくれてて。
「ありがとう、夢子ちゃん。」
夢子ちゃんが男の子だったら私、絶対 好きになってたと思う。
。
結局、あれから夢子ちゃんの家を訪ねた私を、
『おかえり〜』なんて呑気に迎え入れてくれる夢子ちゃんが好き。
夢子ちゃんに、さっきあった圭哉くんとのやり取りをペラペラと報告すれば
「もう、やめなよ。」
案の定、夢子ちゃんは顔をしかめた。
「んー、私もね。
もう、離れ時かなって思ってるんだ。」
このまま傍にいることは、できないもん。
確かに、出会いは最悪で…でも、悪いヤツではなくて。一緒にいるうちに、優しい部分を沢山知ったんだ。
口は悪いし、態度はデカいけど。その裏にある人として1番大事な部分は誰よりも温かい。
「苦しい?小春…。」
「すごい苦しい。この辺が…なんて言うかギューって、する。」
胸の前に拳を当てて、苦笑いを浮かべる私に夢子ちゃんは言う。
「本当に好きなんだね、藤崎くんのこと。」
「ん。」
この気持ちが恋なんだね。
温かくて、嬉しくて、だけど苦しくて、切なくて。とにかくギューって苦しいの。
ねぇ、圭哉くん。
こんな気持ち、圭哉くんは知ってる?
今、何を思ってるの?
────────────────
「は?」
「…だから、もう偽恋人やめたい。」
翌日、昼休み。
いつものように圭哉くんにお弁当を届ける。
多分、これが最後のお弁当になるだろう。
偽恋人をやめたい…そんな私の提案に不機嫌オーラをガンガン放出してくる圭哉くんは
「却下。」
私の申し出を受け入れてくれない。
「…なんで?」
「お前がいなくなったら、また大量に俺にうぜぇ女どもが群がるだろうが。」
…躊躇うことなく述べられた却下の理由。
嘘でも、寂しいとか…傍にいろ…とか言ってよ。
最後くらい。
「他に偽恋人作りなよ。
圭哉様なら、朝飯前でしょ?」
仮にも、あんたのこと好きだって言ってる女の子に、こんなこと言わせないでよ。
ほんっと、デリカシーに欠ける。
あ、聞かなかったことにするんだっけ?
いいけどね、もう偽恋人も終わりだもん。圭哉くんと私は本当に他人になる。
私の告白なんて水に流してくれて構わない。
だから、
「お願いします。別れて下さい。」
「……何のつもりだ?」
教室のど真ん中。
コソコソ話していた声のボリュームを、MAXにすればクラス中の視線が私たちに集まる。
私と圭哉くんは、偽恋人。
周りから見たら、本物の恋人。
つまり、
「おい、別れ話してんぞ…」
「ちょ、藤崎くんが振られる側?!有り得ない!」
「藤崎くんが可哀想〜!!」
これで、嫌でも圭哉くんは私と別れざるを得なくなったって訳だ。
「もう、圭哉くんの傍に居たくないの。
うんざりなの。疲れたの…。」
傍にいても、この片思いは実らないもん。
そんなの辛いだけじゃん。
ね、そうでしょ?
見つめる先、何を考えているかなんて到底読めない圭哉くんのポーカーフェイス。
その口元が静かに動いて
「もう知らねぇ、好きにしろ。」
私を突き放した。
「っ、」
「お前みたいな面倒くせぇの、こっちから願い下げだ。失せろ。」
「…っ、バイバイ。
今までありがと。」
圭哉くんの顔からは、一切表情を読み取れない。きっと、口から出た言葉すべてが本音何だってことは、気迫で伝わってきた。
一部始終を見ていたクラスメイト達はガヤガヤと私たちを口々に噂している。
きっと、圭哉くんがフリーになったことに対する喜びの声が8割を占めているんだろうけれど、
今の私には何一つ聞こえてこない。
頭の中をぐるぐる回るのは
『失せろ。』
低く、擦れた声で聞こえたそんな言葉で。
自分が選んだ道とは言え、こんなにも苦しいならやめておけば良かった…。
教室を出て、階段を降りながら
我慢してた涙が静かに頬を伝う。
自分でももっと大泣きするかと思ってたのに、流れる涙は一筋だけで、なんだよ!拍子抜けだっつーの。
「圭哉くんの彼女じゃ……なくなっちゃった。」
つまり、私と圭哉くんを繋ぐものは何も無いんだね。
本当に、赤の他人になっちゃった。
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放課後になっても、圭哉くんが迎えに来てくれることは無い。
偽恋人をやめたんだから当たり前なんだけど。
それが、とても寂しい。
1人で歩く帰り道はこんなに長かったっけ…
いつも、圭哉くんと何を話してたんだっけ…
寂しげに歩く私からはトボトボ…なんて効果音が出ている気さえする。
見慣れた川原沿いの小道。
違うのは、隣に圭哉くんがいないだけ。
ザザーーッと音を立てて強い風が吹き抜けた時
「……わっ、」
いきなり自分めがけて飛んできた何かによって視界が真っ暗になって、慌ててそれを引き離す。
「……帽子…?」
それは、可愛らしい女物のカンカン帽で
「あの、ごめんなさい!それ私のです!…風で飛ばされちゃって!」
綺麗な透き通った女の人の声に、一瞬で状況を把握した私は、目の前に現れた女の人に思わず見惚れてしまった。
何この人…すごい美人。
すらっと長い手足…
色の白い肌に吸い込まれてしまいそうになる。
ぱっちりした二重に、筋の通った鼻。
まるでフランス人形みたい。
こんな人が現実にいるなんて、今の今まで信じていなかった。いやいや、自分との差がありすぎて信じたくない!!
嘘だ!!そんなはず……あるわ〜!!
「あ、あの……これ!どうぞ。」
慌てて自分が握りしめていたカンカン帽を差し出せば、その人はフワリと優しく笑って
「ありがとう。この帽子、主人に初めて買ってもらった大事なものなの。」
受取りながらそれを優しく見つめた。
「そうなんですか…飛ばされなくて良かったですね!」
へへ…とおどけて見せる私。
あんまりにも美人を目の前にすると、人はヘラヘラしちゃう生き物なのかな。
「本当にありがとう、お名前は?」
「あ、私…鈴木小春です。」
聞かれると思っていなかったことを聞かれて、アタフタしながらも名前を答えれば
女の人は綺麗な顔で目を見開いて、驚きを隠せないとでも言いたげに言葉を続けた。
「小春ちゃん?…小春ちゃんって、もしかしてFlavorの誠也と知り合いだったりする?」
「…え、誠也さんのことご存知なんですか?」
驚いた顔から、パーッと笑顔になった女の人とは反対に、誠也さんの登場にキョトンと首を傾げる私。