「えっと、入って。」
私は彼より先に靴を脱ぐと、スリッパを差し出した。
家に着くまでに、床に部屋着を脱ぎっぱなしだったことを思い出していた私は、急いで彼を待たずに部屋に入り、片付けに向かった。
「入っても良かったの?」
おそるおそる部屋に入ってきて、ドアの前に立ち尽くす彼。
「うん、大丈夫。座って?
鞄も持ってくれてありがとう。」
「あ、うん。」
私は持ってくれていた鞄を彼から受け取り、机の横に置いた。
彼もいつもの位置に座った。いつもってちょっと違うかもしれないけど、とりあえず彼がよく座っていた場所に。
「すぐ、荷物受け取ったら帰るからさ、安心して。」
彼はお茶を出そうとしていた私の様子に気づいたのか、キッチンに立っていた私に振り返って微笑んだ。
「あ、そうだね…。すぐ渡せるから待ってね。」
私は寝室に入り、彼のものが入った袋を取りに行った。
すぐに寝室を出て、
「えっと、はい。」
私は彼の横に座って、彼に手渡した。
「…早いね。」
彼は少しびっくりした様子で笑う。
「もうまとめてたの、いつか送ろうかなって思って……。」
「あ、そうか…。
じゃあ、うん、受け取ろうかな。」
一瞬の切ない表情、でもすぐに彼は微笑んだ。
「クワズイモ、育ててくれてんだね…。」
「あ、うん。5月に植え替えなんだけど、もう少し大きくしようかなって。」
「クワズイモも元気でよかった。」
こんな他愛もないこと。
いつもは嬉しかったどうでもいい話。
でも、今は―――――
「LINEとか電話とかごめんな。」
「……え?」
「女々しいよな。」
頭を右手でかきながら、ハハハっと笑う。
「いや、全然。」
うつむく私。
言わなくていいの?
まだしてって…。私本当はほんとうは。
「もうしないからさ。」
「あ……。」
顔をあげる私。
「ん、何?」
顔を見ていたら、すぐにでもその腕に飛び込んでしまいそうで。
「いや、なんでも。」
でも、それが我慢できてるってことはつまりそれはそういうわけで。
今更、今さら、思ってたこと言ったって。本音言ったって。
「じゃあ行こうかな……。倫子も疲れてるみたいだし。」
「あ。」
待って。
もう少しだけ、もう少しだけそばに……。
「…うん。」
出た言葉は無情にも違うもので。
私と彼は立ち上がった。