「……電話。」

「ん?」

「出てくれないかと思った。」
 苦笑しながらも、まっすぐな声だった。

「……あ、うん。
お姉ちゃんと話したかったのかなって思って。」

「…お姉さん、そばにいないのに?」

「あ、えっと、今、そういえばお姉ちゃん近くいないこと気づいて。」
 慌てる私。

彼はどんどん私の本心に近づいてくる。

「本当に?気づいてたんじゃないの?」
 どんどんどんどん迫ってくる。

「気づいてないよ。」
 むきになる私。


「本当に?

本当は―――、」

「直人!」
 私は、彼が発する言葉を止めた。

「あっ…。」
 私のいきなり大きくなった声に、彼がいつもの口調に戻る。

「だめだよ…、直人。」
 だまる彼。

「ごめん。でもさ、でも……。」
 彼が切り出した言葉をかき消すように、

「私ね、私。」
 話し始めた。

「電話した時も言ったけど、すごい幸せだった。直人と付き合えて。

優しくて、面白くて、たまにすごい意地悪なとこも…大好きだった。
でもさ、もう無理なんだよ。」

「何が?」

「だから―――」

「何が無理なのか、俺には分からないよ、倫子。」
 私を責める彼、それでもどこか温かさを感じるのは変わらない。

「倫子はずるいよ…。
俺には言わせないで、お前だけそうやって俺の事褒めて。」
 声から伝わってくる彼の様子。

あ、今直人のこと苦しめてる――――

「ごめん…。」
 私はまた涙が出そうになって、でもここで泣くのはずるいと思って、必死にこらえる。

「ばかだなあって俺、お前にもう言えないの?」

「うん。」

「お前の「もーう」も「ばか」も聞けなくなるの?」

「…うん。」

「一緒に笑えないの?」

「……うん。」

「もう倫子のそばにいれないの?」 

「……っ。」
 こらえきれなくなった涙が、頬をつたう。

「なんで泣くんだよ。」
 苦しそうに私に理由を尋ねる。


「泣いてない……よ。」

「泣いてんじゃん。」
 何も言えなくなる私。

「俺お前の事好きなんだ。」

「やめてよ。」
 とまらない涙。もう隠しきれないそれ。

「ずっと一緒にいたい。」

「…だめだってば。」

「倫子、俺ね、お前の事――――」

「っ。」
 プープープー、私は電話を切ってしまった。

それ以上聞いてしまったら、きっと私、

「はあ。お姉ちゃん、話せないよやっぱり……。」
 甘えたいのが本音。
彼に会いたい。腕にとびこみたい。また一緒に笑いあいたい。

でも、もう――――。

自分でもなんでこんなに拒むのか分からなくなっていた。