笑顔をひきつらせながらメイファンは礼を述べる。その様子にガーランはクスリと笑ってその場を立ち去った。
それを見送ってメイファンはホッと息をつく。ガーランに触れられた頬から、冷たい恐怖が背筋をゾクリと震わせた。穏やかで優しげな人なのに、言いようのない怖さを感じる。理由のわからない恐怖が不安をかき立て、胸がざわつく。無性にワンリーに会いたかった。
庵の前にひとり取り残されて、メイファンはキョロキョロとあたりを見回す。信じていると言われたが、罪人をひとり放置して立ち去るなど不用心ではないかと思える。
いっそこのまま逃げ出してしまおうかとも思ったが、勝手のわからない広大な宮廷から逃げ出せるとも思えないし、自分が逃げたことが知れれば、ワンリーがどうなるかわからない。ワンリーならひとりでどうにかできそうな気もするけど。
結局無謀な行動はやめて、おとなしく待っていることにした。きっとその方がワンリーにも都合がいいはずだ。ワンリーは必ず助けると言ってくれた。
決意を固めて庵の扉を開くと、中では小柄な侍女が待ちかまえていたように頭を下げた。
「シェンリュと申します。よろしくお願いします」
「メイファンです。こちらこそ、よろしくお願いします」
互いに挨拶を交わしたあと、シェンリュは淡々と庵内の設備や調度について説明する。元々どういう用途で作られたものかは不明だが、内部は狭いながらもいくつかの部屋に仕切られ、浴室や厠も備えられていた。これまでの旅で泊まった宿の部屋のようだ。
一通り説明を終えたシェンリュはメイファンに向かって再び頭を下げる。
「私は隣の控えの間におりますので、ご用の際はお呼びください」
そう言って、さっさと隣の部屋に引っ込んだ。とりつく島もない。
監視役とはいえ、侍女に傅(かしず)かれたことなど初めてで、どんな態度で接していいのか戸惑ってしまう。変な緊張が解けて、メイファンは部屋の隅にある寝台に腰掛けて大きく息を吐いた。
何気なく目をやった窓の外には、池に浮かぶ睡蓮の花がいくつも見える。
(ワンリー様は今頃どうしているかしら)
もう取り調べは始まっているのだろうか。またちぐはぐな受け答えをして、相手を苛つかせているのではないだろうか。そう思うと心配でしょうがなかった。