君のその小さな背中が 【その背中、抱きしめて】番外編SS











「俺、左打ちのオポジットになる」












「はあっ!?」


大地のあまりの大声に、周りが全員振り向く。

それでも構わずに大地は大声で話し続けた。


「何言ってんだ、お前!ポジション替えるだけならまだしも、利き手じゃない方でスパイク打てるわけねーだろ!」


「練習すりゃどうにかなるよ」


「なんねーよ!!てか急に何なんだよ!」




うるせーな。


あのフォームに惚れたんだよ。


あの小さい背中に惚れたんだよ。


俺もあぁなりてーんだよ。






「翔のことだから俺の言うことなんて聞かねんだろーけど、ちょっとやそっとの練習じゃ左で右と同じようになんねーぞ」


「わかってるよ。わかってるけど、何が何でもやる。俺もあの打ち方にする」



隣で大地が盛大にため息をついた。


「そんなにあの4番に惚れた?」


複雑な表情で聞いてくる。





「惚れた」




心臓を直に掴まれたような衝撃だった。


Vリーグやナショナルチームでも、選手にこんなに憧れたことなんてない。


あのフォームを俺のものにしたい。

頭の中をその思いだけが支配した。






表彰式は男女合同。


メダルや優勝盾をもらったあと、MVPの発表があった。


男子のMVPは俺だったけど、ぶっちゃけそんなのどうでもいい。

だって、女子のMVPがあの4番だったから。




(名前、サトウユズカっていうんだ…)




3年だった。


高校どこ行くんかな。


同じガッコ行きてぇなあ。



近くであの人のこと見たい。




(大地に言ったらストーカー扱いされかねねーな)



でも急速に膨らんだ欲望は止められない。



とりあえず、スパイクから始めよう。






次の日から、左手でスパイクを打つための練習を始めた。


頭の中で『ユズカ先輩』のフォームを何度も再生する。


あの4番の人、表彰式で名前を知って、そのあとにみんなから『ユズカ』って名前で呼ばれてたから、俺もそう呼んどく。



頭の中の再生映像通りに、鏡の前でフォームのチェック。

利き腕なら簡単にできることが、反対だと面白いほどぎこちない。


(早くなんとか形にしないと、来年の夏に間に合わねー)


1年が長いのか短いのか、とにかくスムーズに腕が振れるように繰り返しフォームチェックした。






ちゃんと左手でスパイクが打てるようになるまでは、大地以外には知られたくない。


授業と部活以外の時間は、ほとんど左打ちのフォーム練習に使った。



何も考えずにあのフォームで飛べなきゃ、打てなきゃいけない。


(せめてユズカ先輩右打ちだったらもっと楽だったのにな…)



大地も言ってたけど、利き手じゃない方で打つって簡単にできることじゃない。


だけど、俺決めたから。


あの打ち方を自分のものにするって。






「翔ー。今日遊ぼうぜー」


昇降口で大地に呼び止められる。


「無理。他当たれ」



遊んでる暇なんてねーんだよ。

部活がない日なんて、絶好の練習日なんだから。

1分1秒だって無駄にできねんだよ。



「もしかして、左打ちの練習とか?」


大地がニヤニヤしながら聞いてくる。

こういうとこ、たまにムカつくんだよなコイツ。


「お前には関係ないだろ」


からかわれるのは好きじゃない。

別に理解されたいとも思わない。



あの人のすごさは、俺だけがわかってればいい。



大地にも他の奴にも、同じように思ってくれなんてこれっぽっちも思わない。






ちょうど昇降口に来たクラスのやつに大地を押し付けて、走って帰る。


急いで着替えてボールを持って、チャリで近所のスポーツセンターに向かった。

100円払えば閉館時間まで自由に体育館が使える。


部活がない日は21時の閉館までみっちりここで練習できた。



左打ちの練習を始めて4ヶ月目。

ようやく軽くボールを”打つ”感覚がわかってきた。

壁当てで、左手で打つ感覚を体に覚えさせ始めてから1ヶ月。


何とか左打ちに少しずつ体が順応してきたような気がする。


(つっても、右打ちと同じレベルまで持ってこれるようになるには、まだ時間かかりそうだよなぁ)



ポジションが変わればセッターとのコンビ練習もまた1から始めなきゃいけないから、来年の夏の大会に間に合わせるには少なくとも春には左打ちを完成させとかなきゃいけないよな。


3月中に完成させて、4月からライトで練習始めて…。


ってことはあと3ヶ月ちょっとで右打ちレベルまで持っていくってことか。



(できんのか?おい…)



いや、できんのか?じゃねーな。



やるんだ。






「おー、やっぱここだったか」


聞きなれたデカい声が体育館に響いた。


「捗ってるか、左打ち」



「うるせーよ」


どうせからかいに来たんだろ、大地。




「たいして練習なんかしなくても何でもこなせちゃう翔が、こんだけ陰で努力してるとか信じらんないけどな」


「何しに来たんだよ」



大地が上着を脱いで肩をグルグル回す。


「付き合ってやるよ、練習。壁相手よりマシだろ」


そう言って、転がったボールを手に取った。





「形になってんじゃん」


対人パスをしながら大地が意外そうに笑う。


「まだ軽く打つ程度しかできねぇよ」


まだこの程度。

完璧に打てるようになるまでには、まだまだ練習量も時間も必要だ。


「俺、左打ちに変えるとか絶対できねーと思ったけど、翔ならもしかしたらもしかするかもなー」



やるよ、絶対。

絶対夏には左打ちで全国行ってやる。