日曜日、もらった名刺の住所を頼りに電車と徒歩で向かった。世田谷の一軒家が並ぶ路地に、ひときわ大きな家があった。kenの自宅兼スタジオだ。部屋に招かれるとそこには広いスペースにキーボードや、音楽制作をするためのパソコン等の機材がずらっと並んでいる。思わず息をのむような空間だった。「とりあえず、そこのソファーに座って。ちょっといろいろ聞きたいから。」ソファーに座らせ、kenはパソコンからアイコンを一つ選びクリックした。ゆったりとした感じの曲が流れる。「これ、僕が作ったやつ。」そう言って優の隣に座った。「ほんとに、しっかりした曲作るんですね・・・あ、ご、ごめんなさい、そういうんじゃなくて、えっと・・・」「大丈夫だから、心配しないで」そういってkenは優の肩に優しく触れた。

kenは優にどんな曲を聴いているのか、自分が歌うならアップテンポのほうがいいかバラードのような曲がいいかいろいろ聞いた。「・・・よし、今までの話を踏まえて少し作ってみるよ」そういうとメモをしていたノートにペンを置き、優の方を向いてソファーの背もたれに寄り掛かる。kenのようなイケメンに見つめられていると、心臓の鼓動が早くなり、聞こえてしまうのではないかと心配になる。「優ちゃん、本当にかわいいよね。きっと、いいアイドルになれるよ。」そういって、kenは優の顎の方に手を置く。「優ちゃんのこと、いろいろ知りたいな」そう言って、kenは優の唇に顔を近づけてきた。

優はその後のことを覚えていない。覚えていないと言えば嘘になるが、そのまますべてを預けてしまった。気が付けばソファーの上で果てていた。結局、また来週作ったデモを聞きに来ることにして今日は帰ることになった。

次のライブを終え、物販の時よしりんさんには改めて謝罪をした。「この前はごめんなさい。この前のお詫びと、今日来てくれたお礼の意味を込めて、今日はクッキーを焼いてきました。」そう言って、優はいびつな形の何枚かのクッキーを手渡した。

「今日もライブを見てくれた方、ありがとう!オリジナルもいつか歌えるようにするからこれからも応援よろしくお願いします!」ツイッターのフォロワーも3ケタにはまだ遠いが、少しずつ増え始めている。「今日はお詫びしてもらった上に、わざわざクッキーまでありがとう。優ちゃんの誠実さちゃんと受け止めました。これからも応援するから頑張ってね!」さっそくよしりんさんからのリプライが届いた。名前が『よしりん@優推し』に変わっている。「ありがとう、本当にありがとう。よしりんさんは私のこといちばん応援してくださっているし、私はその期待に応えられるよう毎回最高のステージお見せするように頑張るからぜひ応援続けてくださいね!」そう返事を返した。

週に1~2回ライブを行い、また週1回kenとの逢瀬を重ねる日々が続いていた。アイドル活動を始めて実に充実した日々を過ごしている。楽曲も細かい音源の調整が終われば出来上がりが近づいている。学校からの帰り道、ファーストフード店でツイッターのタイムラインを眺めていたら、リプライが立て続けに来た。驚いて開いてみると、kenと自分が腕組みをして歩いている写真が出てきた。この前コンビニに出かける時のものだ、記憶がある。なんでこんな写真が。送信者を見ると、よしりん@優推しであった。

こんなことが許されると思ってるのかよ

アイドルとしての自覚あるのかよ

アイドルなめてんじゃねえぞ

すべてのアイドルとそのファンに謝罪しろ

制裁は俺が与える

立て続けに送信されるメッセージ。怖くなりツイッターを閉じた。
と同時にLINEを受信した。kenからだ。
「お待たせ。それじゃ、これから家においで」「ごめん。今日は行けそうにない」ツイッターの件で動揺してしまい、今すぐ人と会う気になれない。「何言ってるの、約束したでしょ」kenから返事が返ってくる。「私、アイドル続けられない」kenにすがるように震える手で返信を送る。「は?関係ねぇよ、そんなの、いいから来いよ」kenが返す。「私とあなたが一緒にいる
というところまで打ったところで、kenから送信された。

kenと私の、決して誰にも見られてはいけないスタジオのソファーでの動画。

「ね。わかったでしょ、お・い・で。」

何なの、一体・・・。