「この後17:00~ライブでーす!!よろしくね」優はツイッターにこう書き込みをし、ライブハウスの楽屋へと足を進めた。

高校に入学して半年が経つ。部活には入らず、だからと言って勉強に集中するわけでもなく、いわゆる「暇を持て余す」日々を過ごしていた。ふとショッピングモールで見かけた地元アイドルのステージ。前に並べられたベンチに休憩がてら腰かけて眺めていると、彼女たちがなんだか楽しそうでキラキラと輝いているように見えた。と同時に、なんだか自分でもできそうな気がした。

「アイドルになる方法」を調べてみると、いくつかのアイドルが集まるイベントの主催者にかけあえば参加できることを知り、すんなりとそのスタートは切られた。もともとアイドルやアニメが好きで歌や振り付けなどは真似をしていたから、何も苦労することはない。15分ばかり自分の十八番を披露して気持ちよく終わる。そんなステージも今日で3回目だ。

全ステージ終了後、いわゆる「物販」の時間が始まる。アイドルの子達は自分のCD、ブロマイドやTシャツ、2ショットチェキを撮ったりしている。行きかう千円札を横目に、誰が声をかけてくるわけでもなく優は自分のスペースとして与えられたデスクに立ち、その時間が過ぎるのをただ待っているのであった。

「あのー、ぼく『よしりん』っていいます。歌、とっても上手ですね。」突然一人の人に話しかけられた。細身で眼鏡をかけた、いい意味でこういうところが似合う感じの男性だった。「あ・・・ありがとうございます」優は突然のことに驚いた。「え、何か売ってたりしないんですか」売るはずはない。誰も買うとは思っていない。「あ、そ、そうなんです」絵に描いたように動揺をしてしまっていると自分でもわかっているが、どうしようもない。

「はい、チェキ撮りますよ1,000円です」物販で隣に並んでいたアイドルグループの子が話かけてきた。左手で二人を壁のほうに誘導する。その右手にはチェキが握られている。優とよしりんは彼女の言われるがまま誘導され、一枚チェキを撮った。
「はい、どうぞ」話かけてきたその子は撮り終えたチェキとよしりんから受け取った1,000円、そしてマジックペンを渡してきた。チェキからはとんでもなく緊張でガチガチになった自分の像がじわじわと浮かび上がっている。「チェキはサインしてあげるんだよ」というアドバイスをうけ、なんとなくその時が来たときのために用意していたサインと「今日はありがとう」と一言を添え、チェキを手渡し、握手をした。

「あ、ありがとうございました。」物販の時間が終わり撤収するときに、チェキの対応をしてくれたアイドルグループの子に話しかけた。「あなた、始めたばっかりでしょ?なかなかうまいじゃない」名前はジュリアという、その子は上から目線でものを言う。「物販のチェキぐらいは用意しときなよ。初期投資¥10,000くらいだけどすぐ元はとれるよ。」そういうと先に楽屋に向かった他のメンバーに足早について行った。

家について、ツイッターを開く。フォロワーが3人増えている。ライブハウスの入口でチラシをまとめて渡すのだが、その中に自己紹介を書いてプリントした、A4サイズの紙を半分に切ったものを一緒にいれてもらった。それでライブを見てチェックしてくれたのであろう。「今日のライブを見ていただいた方ありがとう!来週もあるのでよろしくね!」書き込みをして、自分の全フォロワー数が目に入る。2ケタ。それも前半。どうやったらこの数字が増えるのであろう。今まで何か書き込みをしても特に返事もない。ため息をついた。その時、通知の音が鳴った。はっとし、通知のアイコンをタップした。
「今日声をかけさせていただいたものです。本当に歌が上手ですね。応援しているので頑張ってください!」名前を見ると「よしりん」と書いていた。今日チェキを撮ったお客さんだ。自分のことを知ってくれる人が出てきて、気分が高揚した。「今日はありがとう!一緒にチェキも撮ったね!よしりんさんは私のファン第1号です(笑)これからも仲良くしてくださいね!」さっそく返事をして、ベッドに寝転がった。ステージに立った疲労とともに、なんだかこれからいいことが起こるような気がして、もっと頑張ろうという気持ちになったのだった。