「何かあったの?」
 
不安そうな顔で柚希が遠慮気味に伺ってくる。
 
「何もないよ。どうして?」
 
「だって……、悲しい顔をしているから……」
 
「そんなこと初めて言われた」
 
僕はほんとに悲しい顔をしているのだろうか。悲しい顔をしているのだとしたらどんな顔なのだろう。悲しいと自覚したことは今まで一度もない。
 
そもそも僕はなんでこんな話しているのだろう。今まで数多の人間を偽りの僕として演じて来たのにたった今、会ったばかりの彼女にどうして本音の片鱗を見せてしまったのだろう。
 
「悲しい顔してるって?」
 
「うん」
 
「友達とかに言われたことないの?」
 
「うん、そういうキャラじゃないから」
 
「悲しいって思う感情にそういうキャラじゃないとか関係ないよ。誰にだってある普通の感情だよ」
 
柚希の語りは僕の心には全く響かない。正直な感想を言うと余計なことを言ってしまった。めんどくさいことになってしまったという後悔と善人気取りの偽善者だという柚希への偏見だけが込み上げて来る。
 
普通ってなんだろう。
 
会って間もない人間に心配したふりをしてお説教をするのが普通なのだろうか。
 
僕のことを何も知らないくせに僕の何がわかると言うのだろうか。
 
彼女に何の資格があって僕にそんなことを言えるのだろうか。
 
彼女みたいに現実を知らず、環境や才能に恵まれ無知でのうのうと生きている人間には凡人の悩みなど決して理解できないだろう。
 
彼女がもしそんな美しい容姿ではなく、見るのも悍ましい醜い容姿に生まれ周りから罵倒される立場になっても同じことを言えるだろうか。
 
所詮、彼女は恵まれた容姿にうぬぼれ、他の人間を見下しているに過ぎない。
 
人間を下に見ているからこそそんな言葉が言えるのだ。